18ー1 提示された真相
部屋を出ると、まるで迷路のような分かれ道がいくつも続いていた。俺とレイナは、MRDに受信したマップを頼りに、目的の場所へと移動を続けた。
B7――つまりここは地下7階らしいのだが、その広さは、地表にあるコネクトセンターを取り囲む公園全体と同じか、それ以上であるように思えた。途中、研究員らしき人間や、武装した人間に何度も遭遇しそうになった。ここは公にはされていない、コネクトセンターの研究施設なのだ。レイナにも、ここの存在は知らされていなかったようだ。
受信したマップを信じ、いくつもの分かれ道を進んだ末に、俺とレイナはマップに記された目的の部屋に辿り着いた。
その部屋の扉はすんなりと開き、容易に中に入ることが出来た。それはもちろん、向こうも俺たちが来るのを待っていたということだ。俺とレイナがその部屋に入ると、自動的にその扉は閉まった。背後を振り返り、再びその扉に近づくが、開く様子は無い。
「余計な人間を入れないように、ということか」
「もしくは私たちを帰す気は無い、ってことかも」レイナは肩をすくめた。
「望むところだな」
室内はかなり奥行きがあった。青いライトが室内を照らしており、それは初めて訪れたコネクトセンターの雰囲気を思わせる。
部屋の両端には黒い柱がいくつも立っており、それが部屋の奥まで並んでいる。近づいてみると、それぞれの黒い柱からはブウンという重低音が出ており、緑色のランプが不規則に付いたり消えたりしている。柱にはそれぞれ、015、032、022、など三桁の数字が大きく印字されており、いずれにも“ALIVE”と表示されている緑色のARディスプレイが表示されていた。
「何の部屋なんだろう、ここは」
「わからないけど」レイナは黒い柱の周囲を注意深く観察しながら言った。「この黒い柱は、何らかの装置みたい」
黒田はこの奥に居るのだろうか。いつ何処から何が出てくるかわからない緊張感に俺は身震いした。レイナが自分の少し後ろを歩くように位置取りながら、俺はゆっくりと部屋の奥へと進んでいった。奥へ進んでいくほどに、入口側を照らしていた青いライトの光が弱まり、周囲が暗くなっていく。足元の照明だけが黒い柱に反射し、まるで巨大な墓場のような、不気味な雰囲気を醸し出していた。
時折、黒い柱のうちのどれかから、プシュッという空気の抜けるような音が聞こえてきた。それは1回だけではなく、また異なる柱から不定期に聞こえてくる。その音が鳴る度に、俺とレイナは身構えてしまう。
「……一体何なのかしら、この装置」
「もしかすると、これが死者の記憶を保存しているサーバーなのかもしれないな」
「それは、違うと思う」レイナが即答する。
「どうして?」
「死者の記憶を保存するためのサーバーは、私も見たことがあるけど、こんな形状では無かったから。それに、サーバーからこんな音は出ないと思うし……」
それから俺とレイナは無言でさらに先へと進んでいった。黒い柱が作る道を進んでいくうちに、奥の方に明るくなっている場所が見えてきた。俺は徐々に歩く速度を速め、その場所へ出る頃には走りだしていた。
部屋の奥は開けた空間になっていた。その最奥部、突き当りの壁には、ここに来るまでに見た黒い柱がひとつ立っている。そして――。
「ようこそ。よくここまで来たね」黒い柱の立つ壁の前に、黒田は居た。その傍らに、葵さんが魂の抜け落ちたような顔つきで立ち尽くしていた。
「葵さん……」
葵さんは俺が声をかけても反応せず、ただ虚ろな視線を宙に彷徨わせている。
「そっとしておいてもらえるかな? 葵くんは自分の任務を終えて少し疲れている」
「それよりも」黒田は目を見開いた。「君たちの方からこちらに来てくれるなんて嬉しいじゃないか。一体、誰からこの場所のことを聞いたのかな?」
先程の任務――あれほどのことを葵さんにさせておきながら、その落ち着き払った様子には、言い知れぬ不気味さを感じる。
「あんたに教えることは、ひとつもない」
俺はレイナを背中の後ろにかばったまま、黒田に対峙する。
「そうか、まあいい」黒田は唇の端に笑みを浮かべながら両手を広げた。「先程は面白いものを見せてもらった。その様子だと、どうやら君は能力を発現出来たようだね」
黒田は品定めするように、俺の身体全体を下から上まで舐めるように見回した。
「脳機能も完全に回復しているようだし、君のその治癒能力はさすがと言う他ない」
「ヒロキをあんなに傷つけておきながら、よくもそんなことを」レイナの口調には、怒りが滲み出ている。黒田は意に介さない様子で続ける。
「折笠くん、君が開発したマイクロチップの性能は良くわかったよ。試作段階とはいえ、これほどの可能性を感じさせてくれたのだから、充分すぎる功績だ」
「あなたに、こんな風に使われるために作ったんじゃない」
「まあ、そう固いことを言わないでくれ。優れた研究成果は、皆で分かち合うべきだろう?」
黒田は何かに気付いたような素振りを見せて、「そうそう、君にひとつ伝えておくべきことがある」と右手の人差し指を立てた。
「君と東耶くんが生み出したe-Memoryという技術、あれは素晴らしい発明だ。しかしながら、この技術にはある種の限界があることを、私は発見したのだよ」
「……限界?」レイナは眉をひそめた。
「e-Memoryによって保存できるのは記憶だけで、発現者が生前有していた能力は再現できないんだ」
黒田は視線をレイナから俺に移した。「楠原くん、君には身に覚えがあるんじゃないかな? 君は発現者であるそらのくんの生前と死後、どちらの姿も見ているだろう?」
確かに、記憶だけの存在となったそらのは、自らの能力が使えなくなったことに困惑していた。
「例えそうだとして、記憶だけの存在になってまで、能力が使える必要なんてあるのかよ!」
「まあ、君にはその価値はわからないかもしれない。しかし、生まれながらに発現者である者にとって、能力は個性のひとつだ。本人を形成する要素のひとつなのだよ。いわゆるアイデンティティというものだ。それを再現することは即ち、完全な発現者を再現することに他ならない」
黒田の目の奥に鈍い光が宿り、口元を緩ませた。
「君は、完全なそらのくんを再現する、記憶データが欲しくないのかね? ここへもそのために来たのだろう?」
「……確かに、そらのの記憶データが手に入れば、そらのとずっと一緒に居られると考えた時もあった」
俺は葵さんの方を見ながら答える。葵さんはこちらを見ていない。
「でも――」俺はその後の言葉を続けようとした。しかし、黒田が言葉でそれを遮った。
「でも、今は違う。ここへは、真実を知りに来ただけだ」
黒田の言葉は、俺が言おうとした言葉そのままだった。
「え?」俺は突如混乱に陥った。どうして俺の言おうとしていたことを――。
「何故、そらのは死ななければならなかったのか。そして、誰に殺されたのか」黒田はさらに続けた。「黒田――あんたが殺したのか?」
俺は呆然とした。一体どんなトリックを使ったのかはわからない。だが黒田は、俺が言おうとしたこと全てを、言い放ったのだ。
「驚いたかね?」黒田は種明かしをする子供のように笑った。「君はどうやら、本当にそらのくんの記憶を手に入れなくても良いと思っているようだ」
黒田はそう言うと、唐突に俺に向かって左手を突き出した。
「そんなに真実が知りたいのなら、教えてやろう!」
直後、まるで固い壁がぶつかってきたような衝撃に襲われる。
「った……」勢いに押され、立っていることが出来ずに俺は後ろに倒れた。
右頬に触れると、ビリビリと痺れるような痛みがあった。血は出ていないようだが、傷が出来たようだ。
「今のは何だ……」口元を歪める黒田の手には武器らしきものはない。
「これは“借り物”だ」と黒田。「先程、君を転倒させた衝撃波は確かに、発現者の能力だ。だが、私自身の能力ではない」
「どういうことだ……」俺の戸惑いに黒田は「クク」と微笑んだ。
「その質問に答える前に、先程の質問に答えよう」
黒田は両手を後ろで組んで言った。「“黒田は瑞梨そらのを殺したのか?”」それから少し間をおいてから、黒田は答えた。「答えはノーだ」
「何だと……!」ふつふつと怒りがこみ上げてくる。「それは言葉の綾だろ! お前自身が手を下していなくても、コネクトセンターの誰かが……」
「君はこうも言おうとしたね」黒田はより挑戦的な口調で言った。「“瑞梨そらのは何故死ななければならなかったのか?”と」
黒田の口元の歪みが一層深くなる。
「教えてあげよう――瑞梨そらのは死んでいない」




