17ー2 憧憬との対峙
「はっ……」
まばゆい光が消えた直後、真っ暗な世界が広がった。しっかりと目を開いているはずなのに、何も見えない。
「ヒロキ!」レイナの声がはっきりと間近に聞こえた。
レイナが傍に居る――そのことを強く実感する。周囲には、大勢の人の気配がする。俺は自分の意識がコネクトセンターに戻ってきたことに気付いた。一体、どれくらいの間別の世界を彷徨っていたのかはわからない。だが、俺は戻ってきた。レイナが呼び戻してくれたのだ。
「ヒロキ……ああ、生きてるのね!」
レイナの涙まじりの声が聞こえてくるが、どういう状況にあるのかを確かめることは出来ない。
「えいな……」
言葉も思うように話せていない。頭は今にも壊れてしまいそうに痛む。身体の状況はどんどん悪くなっているように思える。
だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。自分の中に意識を集中させると、身体の中心が熱くなってくるのを感じる。そして、あの電流のような刺激が、身体を走りだしていく。自分の掌を握り締めると、これまでに無いくらいに力がみなぎってくるのを感じた。
「うおおおぉぉ!」手足を押さえているベルトに力を込める。すると、あまりにもあっけなく、ベルトが弾け飛ぶ感覚があった。
ついに、身体の自由が戻った。俺は座っている状態から、そのまま飛び出した。両足に神経を集中させ、足の裏が地面に触れた瞬間に、前の方へと転がるようにして衝撃を抑えた。
「ひ……!」誰かの悲鳴のような声が聞こえてそちらを見ると、俺はあることに気が付いた。まだ視界は暗いままだが、ぼんやりと人型のシルエットがうっすらと見えてきたのだ。
そして、もうひとつ。先程まで動かなかった右半身が、動くようになっている。俺は、恐る恐る、口を開く。
「レイナ……?」
――言葉が、戻ってきた。治癒能力が発現しているのだ。
「レイナ! どこだ!」
「ヒロキ、あなた、言葉が……」声のする方を見ると、ひときわ小柄なシルエットが見えた。
レイナの姿を確認した直後、視界の隅で急速にこちらに近づいてくるシルエットに気付いた。
「この……!」シルエットは何かを振り上げるような動作をした。
俺が身構えると、そのシルエットの動きが遅くなった。あの力が発動しているのだ。この速さなら――。
シルエットが振り下ろそうとしている位置から身を反らし、攻撃をやり過ごす。顔の左側を空気が撫でる感覚。直後、顔と思しき場所へ右手の拳を突き出す。
「グェッ……!」
拳にビリビリとした衝撃が伝わるのと共に、シルエットは奇妙な声を出して崩れた。
「ヒロキ後ろ!」レイナの声が聞こえるのと同じタイミングで、背後の空気が動くのを感じた。
反射的に背後に身体を捻りながら、左手を持ち上げる。新たなシルエットが目に入った。刃物のような細い物体を右手に持っているのがわかる。こちらが動いたのに動揺したのか、一瞬シルエットの動きが止まった。
俺はシルエットの中央、腹の部分目掛けて、回転させた勢いを乗せた左手の拳を打ち込む。短い悲鳴の直後、刃物が地面に落ちる音がして、シルエットは倒れた。
「くそ……! とにかくあいつを抑えろ!」
今度は三人分のシルエットが、こちらに走ってくる。
「ウオォォォ!」
それからは、レイナの声を頼りに襲い来るシルエットをなぎ倒していった。何度かの衝撃と悲鳴。床や壁に人が倒れる音が聞こえる度に、俺の視界は徐々に鮮明になり、色を取り戻し、完全に視界が戻る頃には、俺とレイナ以外の人間は地面に伏していた。
「ハア……ハア……」肩で息をしながら、辺りを見渡す。10人ほど居た研究員たちは、全員が床に転がっている。そして――。
俺は、駆け寄ってくるレイナの姿をはっきりと捉えることが出来た。
「……ヒロキ!」レイナが俺の胸に飛び込んでくる。「良かった……私、もうヒロキは助からないんじゃないかと思って、怖くて……」
「レイナがずっと俺の名前を呼んでくれていたおかげだ」
「また、ひとりになっちゃうかと思った……」レイナはそれから何も言わずに、俺の肩に額を付けた。
俺の胸に、レイナの体温が伝わってくる。俺はレイナの頭を優しく抑えたまま、しばらくそのままじっとしていた。やがて、どちらともなく、ゆっくりと離れてから、レイナの両手が自由になっていることに気付いた。
「レイナ、さっきの拘束具は……」
「ああ、そこの人のMRDを、ちょっとだけ借りたの」レイナは床に倒れている研究員のひとりを指した。その近くに、先程レイナの両手を拘束していた機械が落ちている。電子制御の拘束具だったことが、逆に功を奏したようだ。
「そうか……レイナには心配かけちゃったな、ごめん」
「もうっ、本当に心配したんだから……!」レイナは軽く俺の胸を叩いた。「でも、生きてて良かった、本当に……」
レイナは俺の存在を確かめるように、俺の肩や腕をゆっくりと撫でていった。しかし、左手の掌のところで、レイナの手は止まった。レイナは残念そうに息を吐いた。
俺は明るい場所で改めて、自分の左手をじっくりと見た。切り落とされた箇所は、刃物の鋭い切り口は塞がり、血が出ない状態にはなっている。しかし、やはり新たな指が再生してくることはなかった。
「痛みは?」レイナが下から覗き込むように俺の目を見ていった。
「あまり感じない。ただ、違和感はある」
「そう……」
俺は葵さんのことを思い出していた。彼女は俺の指に手をかける瞬間、感情をギリギリのところで保つように、目をつぶっていた。そして、一線を超えた後、葵さんの中にある何かが崩れてしまったように見えた。俺はARディスプレイの方を振り返る。そこにもう黒田の姿は無かった。ディスプレイにはもう何も映されていない。
「とにかく、この部屋を出よう。また追手が来るかもしれない……」
そう言いながら、俺は時刻を確認しようと自分のMRDを見て、息を吞んだ。MRDに、データ受信を知らせる通知が示されていた。データの送信元は、匿名になっている。
「どうしたの?」とレイナ。
「何か、受信してるみたいなんだ」
また、誰かの罠かもしれない。葵さんが再び拘束されていることを伝える画像であることも考えられた。俺は衝撃の予感に備えながらMRDから受信したデータを開いた。
「これは……」目の前に大きなARディスプレイが表示され、マップのようなものが映し出された。
それは大きな施設のように見えた。いくつもの部屋が配置され、その間に細い廊下が大樹の根のように張り巡らされている。その上部には“Connect Center B7”とあった。
「……コネクトセンターのマップ」レイナが呆然と言った。
マップには2つのマークが打たれていた。ひとつは黄色く点滅している円型のマーク。ひとつは赤く大きな二重丸で示されており、マップの中でも一際広い部屋の中にある。試しに部屋の中を移動してみると、黄色く点滅している方のマークが動いた。
どうやらこれは、俺のMRDの場所を示しているようだ。ということは、もうひとつのマークは――。
「ここへ向かえ、ということか」
「一体誰が、こんなこと……」
ふたつ、心当たりがあった。ひとつ目は黒田だ。これは俺たちを誘い込むための罠であり、わざと自分の場所を教えている可能性だ。だが俺は、もうひとつの可能性を考えていた。こんなこと、いかにもあいつのやりそうなことだ。
――その時、どこか遠くの方で足音のような音が聞こえた。
どちらにせよ、ここから早く移動した方が良いだろう。
「行こう、レイナ」
俺とレイナは互いに頷くと、部屋の出口へと駆け出した。




