16ー5 発現者
「支配だと……?」
「おっと、勘違いしないでくれよ」黒田は両手を前に突き出して、ストップとでも言うかのようなポーズを取った。
「私は何も、能力を悪用したりして、武力や恐怖で世界を支配しようだなんて思っちゃいない。武力や恐怖による支配だなんて、そんな古臭いやり方、長くは続かない。そんなことくらい、君くらいの年齢であれば感覚的にわかるだろう? それは知能の低い人間がすることだ」
まるで自分は違うとでもいうような物言いだった。実際、黒田はそう思っているのだろう。
「あんたのように、人を見下してるような奴を信用する人間なんか居ない!」
「良いところに気付いたね」予想に反して、黒田は俺の言葉に肯定の意を示した。「そう、大事なのは信用なんだ」
黒田はまるで教鞭をとる大学教授のように、人差し指を左右に振った。
「社会的な評価を操作するには、大衆の世論を動かす必要がある。そのためには、社会的な信用というのは重要な要素だ。強い発言権が無いと、世論を動かすような主張をすることは出来ないからね」
黒田は突然姿勢を正し、軽く咳払いをしてから、右手を胸に当て、言った。
「 “私ども日本コネクト機構、通称JCOは文部科学省所管の独立行政法人として2027年に発足し、2029年にここ東京コネクトセンターをオープンしました”」
初めてコネクトセンターに訪れた日、談話室に向かう途中で見た映像と全く同じ台詞を黒田は口にした。
「国が認める法人なのだよ、ここは」黒田は両手を広げながら、天井を見回した。「そしてそのトップが私だ。これ以上信用できる要素はあるまい?」
「そんなもの、告発してやる……!」俺の言葉を聞いて、黒田は嘲笑った。「ククク、そうかね?」
「君は確か……」黒田はわざとらしく、考えている素振りをしてから、時間を掛けてゆっくりと語った。「コネクトセンターへの不正アクセス事件と、駅の爆破事件の容疑者として、指名手配されてるそうじゃないか?」
俺は何も言い返せず、歯を食いしばることしかできなかった。
「だとしたら妙だな……もし君が本当に無実なのであれば、どうしてすぐに警察に行かなかったのだろうね? ククク」
映像は捏造とは言え、不正アクセスそのものは事実だということを知っていて、敢えて言っているのだ。あの談話室で俺と翔が逃げ出したことさえ、黒田は利用したのだ。
「黙れ!」そのことがわかっていても、俺は抑えることが出来ず、黒田に向かって叫んだ。
「おっと、今のは関係の無い話だったね、すまない」黒田はうやうやしく頭を下げ、淡々とした口調で「本題に戻そう」と言った。
「さて、発言権を得たら、次は大衆に我々が味方だと信じてもらう必要がある」
黒田は先程したのと同じように、姿勢を正し、右手を胸に当てた。
「“あなたとあなたの大切な人とを繋ぐ、コネクトセンター。これからも、皆様のすぐそばに”」
黒田がニカッとギラギラした笑顔で言った。「どうかね? 悪くないキャッチコピーだろ?」
あのCM映像を見た時に感じた気持ち悪さ。その下に隠されていたどす黒い欲望が、より強い嫌悪感を伴って胸の中に広がっていく。
「死んだ者ともう一度話をするなんて、夢の様なことが出来るのだから、コネクトは心の救済とも言えるサービスだと思わないか? それに、君は特に、他の人間以上にその恩恵を享受したのではないかな? 君のしたことを聞けば、心の底から羨望する人間も多いはずだ」
黒田の言葉に、俺は何も言い返せなかった。
――俺の目の前で考え、話す、そらのの姿。
それは確かに、まるでそらのが生き返ったかのようだった。
「大切な人を失って傷ついた者たちに、誰かが自分と同じ思いをして欲しくない、もしくは、自分が二度とそんな悲しい思いをしないようにと、医療をより発展させなければならないと思わせるのには、十分な効果があるだろう」
黒田の表情は、気味の悪い笑顔から、突如真剣な表情へとその色と変えた。
「ところで」黒田が人差し指を左右にゆっくり降っている。「既に折笠くんから聞いていると思うが、いま君の中にあるマイクロチップは、医療用として作られているものだ。ここで質問だが――」
黒田は、真剣な表情のままこちらへと近づき、俺の目を力強く見据えた。
「差別や迫害が能力や個性の違いから生まれるとするなら、その違いを無くすためにはどうしたら良いと思う?」
黒田のその言葉を聞いて、俺の脳内に突如、電流が走ったかのような大きな衝撃とともに、過去の色々な出来事が映像としてフラッシュバックされた。
それは、初めてコネクトセンターへ訪れたとき、ARディスプレイ上に現れた黒田が言っていた言葉。
――ここコネクトセンターは、皆さんにこれから“コネクト”をご利用頂くための施設であると同時に、さらなる医療の発展のため、脳科学、生物学を始めとする、様々な分野の研究を行うための研究施設でもあります。
映像はそこでチャンネルを変えるようにパッと切り替わり、朱音のアジトでレイナが独白していた場面が映し出される。
――その、治癒能力を高めると思われる特定の遺伝子を発現させる目的で、あのマイクロチップは作られたの。いつかは医療用のマイクロチップとして役立てるはずだった。
またも映像は突如切り替わった。夜の符中市で、レイナとの共同作戦でシグマに勝利し、身柄を拘束していた時の映像だ。
――そんな考え方では足元をすくわれる。今起こっている、大きな流れを止めることなど出来ないぞ。
俺はそこで我に帰った。それらはおそらく1秒にも満たない、思考の中で瞬間的に連続再生された回想の集合にすぎない。しかし、俺の中にはある推測が浮かび上がってきていた。もしそれが正しかったとするなら、それはあまりにも常軌を逸している。
俺が答える前に、黒田が興奮を抑えきれない様子で口早に話し始めた。
「違いを消してしまえば良いのだよ。遺伝子がまだ発現していない者たちを、後天的に発現したかのように演出してやれば良い。例えばそう、君のようにね」
黒田はそこで無表情になり、低い声で俺にささやいた。「医療用のマイクロチップとして、これが実用化された後、世界はどうなると思うかね?」
予想通りの言葉を聞かされて、俺は恐怖した。この男の狂気は本物だ。
「少数派だった発現者は、やがて多数派になっていくだろう……」黒田は膝を強く叩く。「ハハハ! 素晴らしい世界の幕が上がるのだ!」
俺の方を向いてはいるが、黒田はもはや、俺を見てはいない。未来に夢想する、理想の世界を見ているのだ。その目には、一点の曇りのない光が宿っていた。その光は、狂気という輝きに満ちている。
「あんた、狂ってる……」
「ある種の領域にまで到達した芸術は、時に狂気さえ感じるものだろう? それと同じことだ」
黒田はひどく穏やかな声で俺に言った。「君には本当に感謝している。君の臨床データとも言うべき知見は、私が長年求めていた、この世界から格差を無くすための鍵だったのだよ」




