16ー3 発現者
「どうしてって、だって、そんな訳は……」
「君は人の心が読めるのか? あの瞬間折笠くんの心を読んだと言うのかね?」
確かにあの時、レイナが本当に何を思っていたのかは、聞いたことはなかった。だが――
「……確かに、人の心なんて、俺にはわからない」俺は深く息を吸い込んだ。「でも、わからないからこそ、俺は信じてるんだ!」
そらのが俺を信じてくれたように。俺もレイナの事を信じるのだ。黒田は、俺の返答を聞いて、露骨に興味の無さそうな顔をした。
「そうか。まあ、君が何を信じるかは自由だ。ともあれ……」黒田は淡々とした口調で続ける。「君は折笠くんのマイクロチップによって、特殊な能力を発現させるに至った。瞬間的に尋常ならざる身体能力を発揮し、更に自らを治癒させる能力まで有している」
黒田はそこで再び微笑んだ。狂気に満ちた、禍々しい微笑みだ。
「君のその能力が、どの程度の威力を持ち、そしてどんな発展性があるのか――」黒田は一語一語をゆっくりと、そしてこんこんと語った。「非常に興味深いと思ったよ」
まるでほかの誰にも気づかれたくないとでも言うように、最後はささやくように、しかし声高に言った。
「だから、君を観察することにした」黒田は再び無表情になり、ひどく平坦な抑揚でそう言った。
「シグマと殺し合いをさせたのも、お前の差し金か」
「ああ」と黒田は言った。そんなこともあったな、とでも言うような、薄い反応だった。
「アレはちょっと行動が目立ちすぎるところがあったが、自分の役割というものはよく熟知していたよ。君の能力の発揮状態をコントロールしながら戦っていた」
黒田はそこでため息を吐いて、失望に満ちた表情になった。「まあ、最期は彼も我慢出来なかったようだがね」
決死の覚悟で臨んだあの戦闘ですら、黒田にとっては計画の中のひとつだったというのか。自分の味方でさえ、アレと呼び、捨て駒のように扱うのか、この男は――俺は強く歯を噛み締めていた。
「何にしろ、折笠くんのマイクロチップは、まだ人体実験を行えてなかったんだ。その上、その大事なマイクロチップを持ち出して、本人は逃げてしまったと来たもんだ」黒田はやれやれと言った態度で首を左右に振った。
「どうやって折笠くんにマイクロチップを使わせてやろうかと考えていたところへ、君が丁度良く現れてくれた」
黒田は笑いがこらえきれないといった様子で、その興奮のままに自らの膝を叩いた。
「正直言って、興奮したよ」黒田の目は見開かれ血走り、息は荒くなっている。「困難な状況を次々に与え、追い込んでいく度に、君は次々と自分の限界の向こう側へと進んでくれた。結果的に、君と折笠くんはその身を呈して、我々に貴重な研究データをもたらしてくれたというわけだ」
そう興奮しながら話す黒田は、内側から湧き出る狂気の泉に、自ら進んで入水しているように俺には見えた。
「……ただ、環境の整備が必要だと思ってね」黒田は突如淡々とした口調に戻した。
「君のお友達の……ええと、雨宮くんだったね。彼には悪いことをしてしまった」
「……あれも、あんたの命令か」
「おかげで、極めて興味深いデータが取れたよ」こともなげに黒田はそう言った。
翔が撃たれ、重症を負ったのも、偶然ではなかった。全て、この目の前に居る男が――。
「クソオオォォッ!」
身体中の血液が沸き立つような怒りが、俺の中で暴れ回る。その怒りに身を任せるように、身体中を力いっぱい振り回そうとした。
「クソッ! クソッ!」あらん限りの力で、俺を縛り付けているベルトに抗おうとした。
――少しでもどこかが緩めば、少しでもどこかが壊れれば。
だが、そんな淡い期待は打ち崩された。やがて、力を入れることに限界を覚え、俺は動くことを止めた。
「ハァ……ハァ……」息を整えながら、改めて全てのベルトを確認したが、腕ひとつ拘束が解けることはなかった。
「どう、して……」
どうして、あの力が出ない?
今使うことが出来なければ、何の意味も無いじゃないか――。
「なんでだよ……」
これまで追っ手から逃げてこられたのも、シグマとの戦いに勝てたのも、レイナや翔たちと一緒に知恵を絞り、全力で立ち向かってきたからだ。
――ついさっきまでは、そう、信じていた。
だがそれすらも、黒田の用意したレールの上での出来事だったことに、俺は激しい屈辱を感じた。




