15ー6 影に潜む者
「レイナ!」
俺は力の限り叫んだ。直後、シグマは眩く白い光に包まれた。
ステージ上の照明が一斉に点灯し、シグマを照らし出したのだ。その強い光は、この世界から闇という闇を消し去らんとしているようにすら感じられた。白く清浄な輝きが、ステージを埋め尽くしている。煌々と。爛々と。明々と。影に潜む者たちを曝し出すように――。
「な……何だ!?」シグマは明らかにうろたえていた。
「ヒロキ、今よ!」遠くで、スポットライトの一つを手にしたレイナが叫ぶ。
「うぉおおッ……!」俺は全力でシグマに体当たりし、そのまま地面に引き倒すことに成功した。
薄暗さに目が慣れた中、急にスポットライトの強烈な光を当てられれば、それはほとんど目つぶしも同然だ。シグマは腕で目を庇うばかりで、俺の動きに一切反応できなかった。
「消えてみろ、シグマ!」
「ぐ、ぐぉお……! くそ、これは……っ!」シグマの身体は、なんとか体制を立て直そうともがいているが、その姿は光の中に存在したままだ。
俺は素早くシグマの上に馬乗りになった。奴の右手の刃を左脚で押さえ込み、彼の左肩を右手で押さえた。そのまま全力で体重をかけ続ける。
「き、貴様……脚の傷は……」
「言っただろ、お前次第で本気を見せてやるって……!」
脚の傷は、例の“力”でとっくに治っていた。俺はジーンズのポケットから、スープ店から持ち出したナイフを取り出すし、シグマの喉元に突き付けた。
「教えろ。葵さんはどこだ」低く、冷たく、脅すように俺はシグマを問い詰めた。
シグマが逃げ出さないよう、これまで耐えていた分の力をこめて、俺はシグマを押さえこんだ。シグマはそこで初めて苦しそうに顔をしかめる。
「く……っ、そうか、貴様の目的は、最初からここに……」
「そうだ。お前をこの場所におびき寄せるためだ。光の中じゃ、姿を消すことはできないんだろ?」
レイナは、シグマの能力が“影”に関連しているのではないかと予測した。今までにシグマと会ったのは二回。その二回は、明るい場所と暗い場所だったが――シグマが突然現れるのはいつも、暗い場所の影からだった。だから、奴の力の根幹、“影”を奪えば拘束できる。そうレイナは考えたのだ。
俺がシグマを引きつけて時間を稼ぎ、その間にレイナはイベントステージの照明を調整して、協力してシグマの隙を作り出す――だからこそ、必要以上に力を出し過ぎることも、シグマに致命傷を負わされることも、両方ともうまく避けつつステージにおびき寄せてきたのだ。
俺の意図をようやく正確に理解したのか、シグマはフッと息を吐いた。
「貴様の方が一枚上手だったということか。フン」シグマは自嘲するように鼻で笑った。
「さっさとトドメを刺せ」シグマの声のトーンは一気に低くなり、シグマの身体からも力が抜けていくのが分かった。
「殺したんじゃ意味がない。俺たちの目的は葵さんの居場所を知ることだけだ。お前のことは警察に引き渡す」
最初から、俺とレイナの作戦は“シグマを殺さない”ことで一致していた。何としてでも、葵さんの居場所を聞き出してやる。
「葵さんはどこだ?」
シグマからは、今までの覇気はとうに失われていた。もはや興味も無いと言った態度で「そのうちわかる」とだけ答えた。
「それより、さっさと俺を殺せ」
「だから、言ってるだろ。お前を殺すことはない」
「そこがお前の甘さだと言っているんだ」その言葉の直後、シグマの表情の変化に俺は困惑した。なぜ、穏やかな視線を俺に向ける?
「そんな考え方では足元をすくわれる。今起こっている、大きな流れを止めることなど出来ないぞ」
シグマの声は落ち着いていて、淡々としていた。大きな流れとはなんだ?
「良く考えろ。でなければ、事態はお前の思い通りにはいかないだろう。なんせ、お前は俺と同じ――」
突如乾いた音が聞こえ、シグマの言葉がそこで途絶えた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。シグマの顔を見続けているうちに、その違和感に気付く。額の中央に小さな穴が空いている。銃で撃たれたのか。後頭部から血が広がっていくのが見えた。
「うわっ!」咄嗟に立ち上がり、後ずさる。
シグマの目は、もう何も見ていない。だが、俺は視線を外すことが出来なかった。
「なんだよ……これ」
「ヒロキ! 今の、何が……」駆け寄ってきたレイナに声を掛けられ、ようやく俺は視線を外すことが出来た。
見ると、レイナは両手を強く握り締めていた。動揺しているのだろう。その両手は小さく震えている。俺はシグマの亡骸があまり目に入らないよう、レイナの前にそっと立ちはだかった。だが、完全に隠し切ることなど出来ない。シグマの方を見て、レイナは俺の裾を強く掴んだ。
「誰が……こんなことを……」
誰がこんなことをしたのか。答えは明白だった。その言葉を口にしたレイナですらも、わかって言っているのだろう。
「――誰だ!」歩道橋へと繋がる階段の方から、人の気配を感じて俺は叫んだ。
先程、シグマの息の根を止めた人物なのか? 人影はゆっくりとこちらへ近づいていくる。人影はステージの光の中へと踏み込み、照らされ、その姿があらわになった。
そこに立っていたのは、葵さんだった。
「アオイ!」レイナが安堵した様子で葵さんの名を呼んだ。
「葵さん! 良かった……そらのも心配してたんですよ」
俺やレイナの言葉に葵さんは反応しなかった。俯いているため、その表情を窺い知ることすら出来なかった。
「アオイ、どこに居たの? 私てっきり――」葵さんの右手がスッと水平に上がる。その右手に握られているものを目にして、俺は息を呑んだ。
――拳銃。
その銃口はステージの照明を反射し、鈍く輝いている。
両脚から力が抜けていくのを感じた。知らず知らずのうちに、シグマとの闘いで力を酷使していたのだろう。いくら踏ん張ろうとしても、耐えることは出来なかった。
「葵さん……どうしてそんな、もの、を……」
冷たい地面に膝が付くのを感じながら、葵さんの手にした銃を見つめた。
(先ほどシグマを撃ったのも、葵さんなのか?)
いや、シグマの眉間に銃弾が撃ち込まれた時、発砲した者は俺やシグマの背後に居なければ不可能だったはずだ。一方、葵さんは俺たちの正面の物陰から現れた。そもそも、あの拳銃で遠距離から正確に眉間を撃ちぬくことなど……。
思考を巡らせている間も、葵さんの口は閉ざされたままだ。何か答えてくれ、葵さん――。
「ぐっ……!?」唐突に後頭部に激痛が走った。
振り返ると、黒いスーツに身を包んだ男たちが立っていた。そのうちのひとりが、俺の首筋に何かを押し付けてくる。同時に、強烈な刺激が身体を走り抜けた。
――スタンガン。
それを認識するのと同時に、俺は身体ごと地面に倒れ込んだ。やはり、こいつらがシグマを――。
「ぐうぅ!」再び衝撃と痛みが俺を襲った。
「ヒロキ……っ!!」
レイナの声が聞こえる。腹や頭、身体中に次々と痛みが走った。男たちは無言で、俺に暴力を与え続ける。意識が次第に遠のいていく。
――葵さん、なぜ……?
そんな疑問も、やがて意識と共に薄れていき、最後には全てが途切れた。




