15ー1 影に潜む者
俺たちは祭りに向かう大勢の人混みに紛れながら、符中駅へと向かっていた。
人の波を掻き分け、警備員らしき男の目を盗んで、封鎖されている道路の方へと入っていく。表通りとは打って変わって、この辺りにはひと気がない。俺とレイナは周囲に警戒しながら、駅ビルの入口へと繋がる、半分崩れ落ちた階段を上った。
見慣れたはずの駅前広場は、変わり果てたものになってしまっていた。爆破の影響で駅の建物が崩れ、その残骸であるコンクリートやガラスの破片があちこちに散らばっている。
「酷い光景ね……」
三日前に見かけたあの小さなイベントステージも、照明や機材が転がったままだ。
「あれから片付けられていないんだな」
「まだ現場検証をしているところなのかも」
俺は駅ビルに入るための入り口を確かめた。黄色いテープで遮られてはいるが、入り口のドアに鍵は掛かっていないようだ。
「俺が先に行く」
「先客が居る可能性が高い。気を付けて」
俺は頷くと、黄色いテープをかき分けて、駅ビルの中へと身体を滑り込ませた。
中に入り、すぐにMRDのライトで辺りを照らした。しんと静まり返った改札や、シャッターが閉じられた店――見渡したところ、人の気配は感じられない。
「ひとまずは大丈夫だ」俺は外のレイナに声をかけた。
レイナが入ってくるのを待って、奥の書店に向かって歩き出す。いつもはこの時間なら明々と電灯が点き、帰宅する通勤客でごった返しているはずの場所。今は照明も冷房も消え、生ぬるく湿った空気がこもっている。
「当たり前だけど、みんな、急いで逃げたのね」
時々利用したことのあるパン屋には、いくつものパンが並べられたままで、そのうちのいくつかは地面に転がっている。反対側にあるコンビニのガラス越しに、商品の棚が倒れたままになっているのが見える。それらを目にすると、ここで爆破が起こった時の混乱の大きさが伺える。
しんと静まり返った空気の中に、この荒んだ光景が広がっていることが、更に不気味さを際立たせていた。
「ここだけ、何百年も経った後の世界みたいだ」
進んで行くうちに、徐々に暗闇にも目が慣れてきた。物陰に誰かが潜んでいないか。背後から何者かが襲いかかってこないか。全神経を四方に集中させながら進んでいく。
本当に、ここに葵さんが居るのだろうか――そんな疑いを持ちながらも、俺たちは画像に写っていた書店の前までやってきた。書店は全体がシャッターで覆われた状態だが、正面のシャッターだけが半分開いている
「明らかに不自然な開き方だな」
入り口の中を覗くと、店内にはぼんやりと照明が灯っているのが見える。この区画だけ照明が点いているのはどう考えてもおかしい――それでも、葵さんがこの中に居るのなら、入るしかないのだ。
「レイナは外で待ってろ」
「いいえ。私も一緒に行く」レイナは既に決意を固めているようだ。止めたところで受け入れられないだろうことははっきりしている。
「なら、いつでも逃げられる準備だけはしておいてくれ」
「大丈夫。足手まといにはならないから」
「そういうことじゃなくて、俺がフォロー出来るかどうかが……」
「ありがとう」俺の言葉を遮り、レイナは言った。「わかってる。心配しないで」それから軽く微笑んで、俺の肩を軽く叩いた。
「わかった……じゃあ、入るぞ」
俺は身をかがめ、入り口のシャッターをくぐった。書店の中は照明で照らされている。本来なら、それだけでどこか安心できる場所のはずだ。しかし、ところどころ棚が倒れ、平積みされていた本が崩れている光景が、やはり普通では無い気配をこの空間に充満させていた。
「確か、葵さんが写っていたのは……」
葵さんが写っていた場所は、俺の記憶が正しければ店の中央に設けられたランキングコーナーだ。単行本や文庫、コミックの週間売り上げ順位を示した表示が特徴的だったのだ。
俺とレイナは、周囲に警戒しながら、ゆっくりとその場所まで向かっていった。やがて目的の場所に到着する。
葵さんの姿は、そこにはなかった。
「くそっ、ここじゃないのか……」
「他の場所も探してみましょう」
手当たり次第に、棚と棚の間を見て回る。しかし、ビジネス書のコーナーにも文芸書のコーナーにも、文庫本の棚の付近にも、どこにも葵さんの姿は見当たらない。
「……あの画像、俺の勘違いだったのか? 場所自体が違っていたのか?」
「いいえ、確かにこの書店で間違いないはずよ」レイナは書店を改めて見回す。「少なくとも、あの画像が送られてきた時点では……」
突然の暗転。
身体中が緊張で強張るのを感じた。
「何だ……?」俺は慌てて、MRDのライトを点けた。店内の様子はぼんやりとしかつかめない。
「……っ!」不意に、目の前に大きな影が伸びてきた。
俺はレイナを背中の後ろに隠すように立ち、その影と対峙した。
「……シグマ」




