14ー7 大符魂神社
夕日が落ちかける頃、人目に付かないように注意しながら、再びあの場所まで辿り着いた。
しかし、その場所の周囲には人影があった。
それもひとりではない。スーツ姿の男が複数人、その場所をうろうろしている。一般人がただ通りがかっただけ、という風には見えない。
「これ以上は近づけないか……」
「私たちが現れそうな場所としてここをマークするのは、当然と言えば当然ね……」
「くそっ……」
俺やレイナと同じように、物陰から様子を伺っていたそらのは、不思議そうに首を傾げている。
「あのお花がお供えされている場所が、わたしが車に撥ねられた場所?」
「だと聞いてる」
「そうなんだ……」
そらのはあまりピンと来ていない様子で、辺りを見回す。
「何か思い出せないか? 小さなことでもいいんだ。車はどんな種類だったかとか、運転席や助手席に乗っていた人間の顔とか」
「うーん……」そらのは必死に思い出そうと考え込んでいる様子だったが、やがて力なく首を横に振った。
「この場所に来たことすら思い出せないよ……」
「じゃあ、エリアシンクはどうだ? ここに最初に来た時、そらのから俺宛に、あの神社の画像データが届いたんだ。他に何か送った覚えはないか?」
「そんなもの、出したのかな……。うーん……覚えがないな」
「そうか……」
「ごめんね。ヒロくんの役に立ちたいのに、気持ちだけ空回りしちゃって全然ダメだ」
しょんぼりと肩を落とすそらのに、レイナが寄り添う。
「こっちが無理をお願いしてるんだから、そんなに落ち込まないで。頑張ってくれてありがとう」
「レイナちゃん……優しいね」
レイナとそらのは、お互いを少しの間見て、優しく微笑み合っている。そらのが生きているうちにレイナと出会えていれば、どんなに良かっただろう――つい、そんな夢想をしてしまう。しかし、現実はまた、手詰まりになってしまった。時間はまた刻一刻と過ぎていく。
(――どうする? どうしたらいい?)
俺は現在時刻を確認しようとMRDの方に目をやった。
「あれ……?」俺は鼓動が速くなるのを感じた。
――まただ。
「どうしたの?」様子を伺うレイナの方へ、俺のMRDを差し出した。
「また……エリアシンクだ」紛れも無く、MRDがエリアシンクによるデータ着信を知らせている。だが――
「……それは、またわたしからなの?」そらのは不安げに尋ねた。
「いや、発信者は不明になってる」
レイナとそらのが顔を見合わせている。発信者は不明――だが、この周辺に俺が来るとわかっている人物。
胸騒ぎがした。
深呼吸をしながら、俺はMRDを操作して、画像データをARディスプレイに表示させる。
その画像は、室内を映し出したもののようだ。照明が落とされていて全体的に不明瞭ではあるが、いくつもの本棚が並んでいるのが見てとれる。
そして、その内装に、俺は見覚えがあった。
「これは……駅ビルの書店か……」
符中駅の改札付近には、いくつかの店が存在しており、その中のひとつに書店がある。学校の帰りなどに、そこを何度も訪れたことがあった。
「ねえ、ここ……」震えた声で、レイナは画像の中央付近を指差した。
暗く影になっている部分に、人影のようなものが写りこんでいるように見える。
画像を拡大してみると――それはうつむいている女性のようだった。
「……っ!」目を凝らしてその女性の顔をよく確かめてみた俺は、思わず叫びそうになるのをこらえた。
表情まではつかめないが、間違いない――。
そこに写っているのは、確かに葵さんだ。
「お姉ちゃん……!?」そらのが驚きと恐怖の入り混じった声で身を乗り出した。
「……私にも見せて」レイナも驚きを隠せない様子で画像を見つめている。
「お姉ちゃん……動けないのかな」とそらの。
「手足を縛られているようにも見えるな……」
「まさか、怪我をしてるなんてこと……」そらのの不安はより高まっている様子で、彼女はパニック状態に近づきつつあった。
「この画像からはそこまではわからないわね。無事であることを願いたいけど……」
言葉にはせずとも、レイナもそらのも少なからず、最悪の事態を考えているのだろう。
「とにかく、早く助けに行かないと」俺はレイナと顔を見合わせ、頷いた。
どちらにせよ、あそこにいる男たちがどこかに行くまで、ここで待つ訳にも行かない。今から駅に向かったとしても、着くのはきっと夜だ。俺は表示されていた画像データを消し、立ち上がった。
「待って!」駅に向かおうとする俺たちを、そらのが呼び止めた。
「行ったら、ヒロくんとレイナちゃんが危ないんじゃないの?」
「まあ、明らかに罠だと思う」そして、のこのこと現れた俺たちに、そう簡単に葵さんを返してくれるとも思えない。
「だけど、あれだけ世話になった葵さんを放っておけない」
「でも……」そらのは今にも泣きそうな声で言った。本気で心配してくれているのだろう。
「この誘いに乗る以外に、俺たちに打つ手は無いんだ」
そらのの反応を見る限り、この場所でこれ以上得られる情報は無いように思えた。そうなると、もうこの画像以外に、俺たちには手掛かりが無い。明らかな罠に飛び込むのは危険だが、同時に何かを掴むことも出来るかもしれない。もう背に腹は代えられないのだ。
「そらのが俺に託してくれた今を、無駄にしたくないんだ。だから、危険だとわかってても、俺はここへ行くことを選びたい」
「そう……そっか……」そらのは目を伏せ、どう答えるべきか、しばらくためらっている様子だった。だが、やがて真剣な眼差しで、俺とレイナを見据えた。
「絶対に無理はしないって約束して。ヒロくんとレイナちゃんに、また会えること……わたし、信じてるから」
無理をしないことなど、きっと無理だろう。そして、そらのに残された時間は少ない。また会えるかどうかも、保証は出来なかった。
「わかった。約束する」
だが、俺はその言葉を、敢えて口にした。それは、俺の願いでもあったからだ。
「約束だよ」最後にそらのは、精一杯の微笑みで俺たちを見送った。「また、会おうね」
「ああ」
俺はそらのと目を合わせたまま、MRDとの通信を切る。
かすかに微笑みながら吸い込まれるように消えていくそらのに向かって、俺は頷いた。
「守れる保証の無い約束は、しない方が良いと思うけど」レイナは静かにそう呟いたが、俺は聞こえない振りをして、「行こう」とだけ言った。
レイナもそれ以上は何も言わずに「そうね」とだけ答えてくれた。
俺とレイナは、どちらからともなく駅の方へと駆け出した。




