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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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14ー6 大符魂神社

 大通りからかなり歩き、町の外れにある小さな公園までやってきた。


 中央の広場や遊具の辺りでは親子連れの姿があるが、端の噴水や木々に囲まれたスペースには人影もなく、俺たちの姿をうまく隠してくれそうだ。


「……もう大丈夫そうね」レイナもいくぶんか安堵しているようだ。


 ここなら人も少ないし、落ち着いて話せそうだ。左手はまだ、レイナの右手と繋がれたままだ。何となく、手を放してしまっていいのかどうか迷う。じっとレイナの手を見ていると、レイナも俺の手を見ていることに気付いた。


「ごめん、レイナ」


「どうして謝るの?」


「俺がもっと早くあの警察官に気付けていれば、こんなに慌てなくてすんだのにと思ってさ」


「それと、ほら」俺は口ごもった。「手のこととか……」


「そんなの謝ることじゃない」レイナはいつもの淡々とした口調でそう言ったあと、「別に……嫌じゃなかったし」と極めて小声で言った。


「……そうか」俺は少し安堵しながら、レイナの手をそっと外した。


「立ってるのも何だし、座ろう」


「……そうね」


 噴水の前に設置されている小さな椅子の片方に腰かける。もう片方にレイナが座った。心地よい水音と共に、噴水の水しぶきが絶えず降り注いでいるのが見える。


「さて……」


 大きく深呼吸し、息を整える。ついに、そらのに話を聞く時が訪れた。しかし――そっとMRDに手をかけたところで、俺は動きを止めた。


――電源を入れるのが怖い。


 そらのとあんなに同じ時間を過ごしたはずなのに、全く知らない女の子が目の前に現れるような気がする。強い緊張感が俺を包んだ。こんなに緊張したのは生まれて初めてだった。


「大丈夫、怖がらなくてもいい」俺のためらいを感じ取ってか、レイナが声をかけてくれる。


 俺はレイナに頷き、思い切ってMRDを立ち上げ、そらのを呼び出した。


「あ、ヒロくん……また、会えたね」現れたそらのの姿に、俺は少し身構える。何から話そうか、どんな風に話そうか――。


 すると、そらのは真っ先に辺りを見回して不安気な表情をした。


「ヒロくんとレイナちゃん、どうして外に居るの?」


「ちょっと、気分転換をしたくてね」さすがに、いきなり昨夜の出来事を話すことはためらわれ、無難な答えを返す。


「翔くんとお姉ちゃんは?」しかし、そらのはさらに答え辛い質問をたたみかけてきた。


「ああ……」


 本当のことを話すべきかどうか……次の言葉が出てこない。


「もしかして……何か、あったの?」


 そらのは緊張した表情で問いかけてくる。ここで正直に話さなければ、そらのを呼び出した意味がないだろう。俺は覚悟を決めた。


「実はあの後、俺たちは襲われた……。多分、JCOが差し向けてきたんだと思う。翔はその時に怪我をして、救急車で病院に運ばれた」


「そんな……」そらのは表情は絶望と言っても良いくらい沈んだものになってしまった。「翔くんは無事なの?」


「そう思いたいが、ハッキリしたことは言えない」


「お姉ちゃん……お姉ちゃんは?」切迫した様子でそらのが俺に詰め寄る。俺は目を伏せた。「おそらく、そいつらに連れ去られた……」


「……っ!」そらのは言葉にならない小さな悲鳴を上げた。


「ごめん、そらの……。俺が止められていれば良かったのに」


「……ううん、ヒロくんのせいじゃないよ」そらのはレイナの方を見て、ほのかに微笑みかけた。「レイナちゃんも無事で良かった……」


 しかし、その明るい表情はすぐに消えてしまい、そらのは俯き、沈黙してしまった。無理しているのは明らかだ。こんな風に、そらのはずっと不安を飲み込んできたのだろうか。


「ヒロくん……?」


 せっかくそらのを前にして話せる時が来ているのに、俺の口からは言葉がまともに出てきてくれない。


「ソラノ……あなたが居ない間、新しいことがわかってきたの」代わりに、レイナが話を切り出してくれた。そして、後はよろしく、というように俺に向かって大きく頷いてみせる。


「その……神社で、美琴っていう巫女に会ったんだ」


「あ……」その一言で、そらのは察したようだ。俺たちが、そらのの抱えていた悩みを美琴から聞いたのだということを。


 しばらくの沈黙が続いたあと、そらのはさびしそうに「そっか……」とだけ言った。


「ごめん、そらののこと、今まで気付けなくて」


「ううん。わたしも、ずっと言わずにいてごめんね」そらのは少し慌てた様子で続けた。「ヒロくんを信用してなかったとか、そういう訳じゃなくて……」


「ああ、わかってる。あえて言わなかったんだろ」


「うん……」そらのは優しい表情で俺を見上げた。「ヒロくんは、そんなわたしを、そのまま受け入れてくれたよね」


「わたし、このままでも良いんだって、初めて思えた」そらのはかつて3人で一緒に居た頃のような、明るい笑顔を見せてくれた。「それがとても嬉しかった」


「ヒロくんと一緒にいた時、心から安心して笑うことが出来た」そらのの両手が俺の両手に触れる。「わたし、ヒロくんに会えて良かった」


「そらの……」


 心から安心して笑えた。


 会えてよかった。


 その言葉を、そらのの口から聞くことが出来た。俺の胸に留まり続けていた、そらのに対する不安が、溶けていくような気がした。


「でも……こうやって本当の気持ちを言葉にしても、他の人には、それが嘘か本当かなんて、わからないんだよね」そらのは悲しげにそう言った。


「わたし、記憶だけになってから、他の人が何を考えているのか、わからなくなっちゃったんだ」


「そう、なのか……」


「他の人の心がわからないことが、こんなに不安になるものだなんて、思ってもみなかったよ」


 そらのは俯いた。「出来れば、私の力のことは、ずっと言いたくなかった」


「でも、美琴さんが話したってことは、きっと必要だってことなんだよね」


「ああ……そらのが選択をしなきゃいけなかったことも聞いた」


「選択……?」そらのは戸惑いの表情を見せた。


「やっぱり、それも覚えていないか……」


 俺はゆっくりと説明した。そらのが、俺を守るか世界の均衡を守るかをはかりにかけ、最終的には俺を守るほうを選んだということ。その選択には俺の命が助かりつつ、世界の均衡も保たれるという最善の未来への願いがこめられているということ。つまり、そらのは俺の持っている可能性を信じたのだ、ということ――。


 そらのは俺の話に一つ一つ頷きながら、静かに聞いていた。俺が話し終えると、そらのはしばらく目を閉じて考えていた。そして、ゆっくりと目を開けて微笑んだ。


「何度思い出そうとしてもダメだな……少し前のわたしは、そんなことを考えてたんだね」


 やはりそらのは覚えていないようだ。おそらく、核心に近いところの記憶はJCOの操作によって封じ込められてしまっているのだろう。


「あのね」そらのは真剣な表情で語り始めた。


「今のわたしは、これ以上ヒロくんが危険な目に合わないでほしいと思ってる。でも、死んじゃう前のわたしはまるっきり逆で、ヒロくんに託すって決めた、ってことだよね」


 そらのの声はどんどんと小さくなっていって、最後には俯いてしまった。


「どちらも、同じわたしが考えたことなのに……なんだか、難しいね」そらのは悲しげに微笑んだ。


 そんなそらのに、レイナが手を差し伸べた。


「そこまで難しい話でもないわ」


「……えっ?」


「その、ヒロキを信じるという選択をした過去の自分を、今のソラノが信じてくれるだけでいい」


「過去の自分を信じる……」そらのはレイナの言葉を、自分の中に染み込ませるように、胸に手を当てた。


「そう。そして、あなたが未来を託したヒロキのことも信じる」レイナが優しく笑いかける。「簡単でしょ?」


 その言葉は、そらのを勇気づけるための言葉だろう。しかし同時に、俺も勇気づけられるような言葉だった。


 そらのは一度目を閉じ、深く深呼吸してから、口を開いた。


「……わたし、思い出せないことがあるってわかってから、すごく不安だった。死んじゃう前に出来てたことも、出来なくなっちゃって、わたしがわたしじゃないみたいで」


 そらのは両手を胸に当て、俯いて目を閉じた。その表情は不安げだ。


「今のこの自分の記憶も、偽物なのかなって疑っちゃって、一体何を信じていいのかわからなかった」


 そらのは顔を上げ、目を開いた。自身の運命を受け入れる覚悟が、そらのの表情には既に宿っていた。


「でも……ヒロくんを信じた、っていう自分のことなら信じられる」


 そらのは手を伸ばして、差し出されていたレイナの手を取った。


「わたしは、ヒロくんやレイナちゃん、出会ってきた皆が、これからも幸せに暮らせる世界であって欲しい」


 それからそらのは優しく微笑んだ。あの夏、心から楽しんでいたあの頃に見た、純粋な笑顔だった。


「その気持ちだけは信じられるよ」そらのの表情からは、不安は消えていた。


「他人の心がわからなくても、誰かを信じられるのって、何だか、とても不思議な感覚だね」


 そらのはレイナの手を取ったまま、静かに目を閉じ、安らかな呼吸を何度か続けた。


「不思議だけど、なんだか暖かくて、嬉しい」


 レイナはそらのの言葉に微笑みで返した。


 そらのはレイナから手を静かに放すと「ヒロくん、お願い」と俺の方を向いた。


「穏やかなこの世界を、みんなを、守ってほしい」


 初めて、そらの自身から願いを託された。この瞬間、俺の抱えていたわだかまりは、取るに足りないものになった。


 世界の均衡を取り戻すこと。


 その目標を真っすぐに目指していけばいいのだと、今は思える。


「ああ、わかった」俺は、しっかりとそらのの目を見てそう答えた。


 レイナは俺とそらののやりとりをじっと見守っていたが、俺がレイナの方を見ると、レイナも視線に気付き、優しく微笑んでくれた。もしレイナが居なければ、そらのとここまで踏み込んだ話をすることは出来なかっただろう。


「世界の均衡が崩れつつある、ということについてだけど、どう考えてもJCOが絡んでいる話だと思う」


 レイナの言葉で、俺は思考を再び現実へと引き戻した。


「そうだな。俺もそう考えてた」


「次の目的は、ソラノの記憶データにおかしな点があったことと、どうしてソラノが死ななければならなかったのか――その理由を繋ぐ明らかな証拠を見つけることね。その繋がりが証明できれば、これら一連のことがJCOによるものだということがわかる」


 レイナは改めてそらのを見つめた。


「ソラノ……辛いかもしれないけど、あなたが事故に遭ったという場所まで、ついてきてもらってもいい?」


「うん。もちろん」


「そらの、ありがとう」俺の言葉に、そらのは「えへへ……」と嬉しそうに笑った。


「その前に」俺は立ち上がった。「一旦どこかで身を隠そう。日が落ちて、人通りが少なくなってからの方が良い」


 ここからあの場所までは、それなりに距離がある。今の時間に下手に動き回るのは、やはりリスクが高い。


「そうね。体力的にも、少し休んだ方が良いと思う」


 そうして、俺たちは公園を後にした後、人通りの少ない場所に身を潜めた。

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