14ー5 大符魂神社
先程まで居た神社から、信号を渡ってすぐのところを起点に、西方向に符中のシンボルでもある大通りが伸びている。その最初の交差点の一角に、チャージスポットが3つ並んでいるのを見つけた。
幸い、先客は居ない。俺たちはあまり目立たないように、だが早歩きでチャージスポットに近づいた。3つのうち右端のスポットを選び、傾いた楕円状のプレートの上にMRDを載せた。
「記録が残っちゃうわね……」レイナは固い表情で呟いた。
確かに、このチャージスポットを使えば、俺が何時何分にどこの端末を使ったという情報はログに残ってしまうだろう。
「……足が付くのは覚悟の上だ。この数日だけでも、なんとかなればいい」
「わかった。私はさりげなく辺りの様子を窺っておく」
「ああ、頼んだぞ」
周囲を警戒するレイナの様子を少し見届けてから、俺は充電開始の操作をする。チャージスポットの起動音が聞こえ、ARディスプレイが表示される。そこには“残り10分”と表示されていた。昔は充電に何時間もかかっていた時代もあったと、大学の教授が言っていたことを思い出す。その時代に比べると、今は格段に短縮されたのだろう。だが、今はその十分ですらもどかしく思えた。
「そっちに異常はないか?」
「今のところは」レイナは小さな声で手短にそう答えた。
さりげなく路上に目をやると、大通り沿いにはたくさんの人の流れが出来ている。数日前の爆発事件の余波で、符中駅に入る脇道は封鎖されているし、符中駅自体も今は使えない状態だ。にも関わらず、いつもの週末よりも人が多いような気がする。
「それにしても人が多いな」
レイナの反応が無いのが気になり、レイナの方へと目をやった。レイナは何かに見入っている。視線の先を辿ると、浴衣を着た少女たちが連れ立って歩いているところだった。
「そうか。今日は夜に祭りがあるんだ」
夏の終わりを告げる夏祭り。多摩川の河川敷では花火大会が開かれ、付近には屋台が並ぶ。そらのはこの夏祭りを毎年楽しみにしていて、俺と翔は仕方なく連れ出されていたっけ――。
「お祭りって素敵な響きね」レイナの表情がパッと明るくなる。「それに、日本のユカタは、色彩感覚が絶妙で好き」
レイナは魅入られたように、少女たちが通り過ぎるのをじっと見つめている。どうやらレイナは浴衣に興味があるようだ。
「浴衣くらい、お前も普通に着ればいいだろ」
「そんな簡単に言わないで。凄く勇気が要ることなんだから」
「いや、今だったらそんな高くないのも売ってるし、そこまで敷居は高くないぞ」
「そういう問題じゃないの!」レイナはやれやれと言ったジェスチャーをした。そして「私にはうまく着こなせるかどうか」と小声で言うと、そっぽを向いてしまった。
どうにも的外れな心配に思えたが、その気持ちを素直に口にするのは難しい。少し考えた末、俺は何とか一言だけ絞り出した。
「いや……似合うと思うけどな」
「いいわよ、気を遣ってお世辞なんて言わなくても」レイナは恥ずかしげな表情で、またもそっぽを向いてしまった。
(お世辞のつもりではなかったが、余計なことを言ってしまっただろうか――)
どこか気まずさを抱えたまま、俺たちは充電を待った。
「あのー、ちょっと聞きたいんだけど」不意に、背後から声がかけられる。振り返ると、人の良さそうな中年女性が立っている。
しかし、もしかしたらJCOの差し金か、警察かもしれない――俺たちの間に、一気に緊張が走る。
「……何ですか?」俺は前に歩み出て、レイナを隠すように立ちはだかった。
すると中年女性はMRDの地図を見せながら尋ねてきた。
「この公民館にはどっちに行ったら着くの?」
なんだ、道を知りたかっただけか――。中年女性にあまり顔を見せないように注意しながら道を教え、再びスポットの前に戻った。
「はああ……」他愛ないやり取りのはずだったのだが、済んだ途端にどっと疲れが出た。
大きく溜息をつくと、レイナが宥めるように俺の肩を軽く叩いた。
「そんなに緊張してたら、怪しまれないものも怪しまれる」
「いや……なんか、俺の顔がすごく見られてるような気がしたんだ」
「気のせいよ」レイナは先ほどの中年女性が向かった先へと視線を向けた。「私から見たら、さっきの人は道を確認するので精一杯という感じだった」
「まあ、そうなんだけどな……」
一度気になり始めると、通りがかりのあの親子も、学生たちも――皆が俺たちのことを見てひそひそと話しているように思えてしまう。
「大丈夫。こんなに通行人が多いのは、かえって好都合だと思う。誰も、すれ違うひとりひとりの顔なんて真剣に見てはいないもの」
「まあ、確かにそうかもな」
考えてみれば、俺だって、普段周囲の人の顔など気にも留めない。だが、少しおかしな動きをしている人を見かけると、途端に気になってしまう。変に身構えるよりも、自然にしていれば――
「あっ……待って」急にレイナの口調が険しいものに変わった。
「横断歩道の方」レイナは、目線はそちらに動かさず、指だけで方角を差した。
横目でそっと確かめると、ひとりの警官がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「まずいな」
「早く行きましょう」
ARディスプレイの表示を確かめると、充電は82パーセントが完了している状態だった。完全に充電されるまでは残り1分ほどかかる。その時間を待つには長すぎる――。
「行こう!」これだけ充電がされていれば、しばらくはもつだろう。俺はMRDをチャージスポットのプレートから取り、左手首に装着した。
「何気ない感じで通り抜けるぞ……」俺の言葉にレイナは無言で頷く。
警官は横断歩道を渡り終え、俺たちのすぐ傍を差し掛かろうとしていた。俺たちはスポットの前から歩み出て、警官の脇をすり抜けようとして――
突然、左手に重力が掛かる。警官の方に意識を集中していた俺は、一瞬たじろいだ。見ると、レイナの手が俺の左手に絡められている。
「いいから、このまま」レイナは表情ひとつ変えず、淡々と言った。「向こうの交差点まで歩いて、横断歩道を渡るわよ」
「……わかった」
警官がMRDを立ち上げるのが見えた。どうやら誰かと連絡を取っているようだ。まさか、俺たちの正体がバレたのか――?
つい駆け出そうとするのを、レイナが静かに制した。
「落ち着いて。そのままやり過ごせば大丈夫だから」
「ああ……済まない」
「信号が変わる。少しだけ急ぎましょう」
歩く速さをほんの少し早め、信号が点滅して赤になりかけた横断歩道を辛うじて渡りきる。警官とは車道分の距離を広げることが出来た。
「このまま、裏道に回ったほうがいいな」
「そうね」
俺はレイナの手を引き、裏道へと足を進めた。




