14ー3 大符魂神社
――彼女は選択した。
美琴の言葉の意味が、これなのか? 今起こっていることが、そらのの選択の結果だと?
「それは……どういうことだ」
「“選択”というのは、自らが選び取るものと思いがちですが、そうでない場合もあるのです。本人の意思に関わらず、“選択”しなければいけない時が訪れることもある――彼女もまた、“選択”を迫られました」
美琴は目を閉じ、右手を持ち上げた。
「ひとつは、自らが犠牲になり、悪意が急速に広まる引き金になるという未来」
美琴は今度は左手を持ち上げる。
「ひとつは、自らは助かり、悪意が広がるのも先延ばしにすることが出来る未来」
「そして」美琴は目を開き、静かなトーンで告げた。「彼女は自らが犠牲になる方を選びました」
「そんな、どうして……」俺は狼狽えた。「おかしいじゃないか。だって、自分が助かる方が、問題を先延ばしにも出来て、明らかに……」
「それだけを見れば、確かに後者を選んだのかもしれません」美琴は両手を降ろし、後ろ手に組むと、洞窟の中をゆっくりと歩き出した。
「しかし、後者の“選択”には続きがあります」美琴は俺たちに背を向け、頭を下げた。
「自らも助かり、問題を先延ばしにも出来ますが――」美琴は振り返り、俺の目を真っ直ぐ見据えた。「裕樹さん、あなたが犠牲になる未来なのです」
「は……?」俺が犠牲になる未来? そらのが後者を選んでいたら、俺は今頃死んでいた、ということなのか?
「あまり想像が付かないとは思いますが」美琴は両手を俺の方へと伸ばした。「今こうしてあなたがここに居るのも、そらのさんの“選択”の結果ということなのです」
全く言葉を返すことが出来ない。美琴の口にする言葉のどれもが、現実味を感じられない。
「わたしがそらのさんの未来についての宣託をした時、当然ながら、彼女はとても悩んでおられました」
美琴は再び俺に背を向け、上空を仰いだ。崩れた天井から差し込む弱々しい光が、最後の希望であるかのように。
「そして帰り際、彼女は笑顔でこう仰いました」俺に背を向けたまま、美琴は小さく呟いた。「その瞬間が来るまでよく考えてみる、と」
「――それが、そらのさんと最後に交わした言葉です」美琴は顔だけを俺の方へと振り向けた。その目からは一筋の涙が流れていた。
知らなかった。そんなそらののことは、何一つ知らなかった。
――ヒロくんとわたしは、もう会わないほうがいいと思う。
その言葉の裏に、理不尽な“選択”の裏に、どれほどの苦しみがあったのだろう。その苦しみに、俺は全く気付けてやれなかった。その言葉に俺は勝手に傷つき、そして勝手にそらのを傷つけるような言葉を放った。あんなに傍に居ながらにして、そらのの最期に、俺は、なんてことを――
「うぅ……」眼の奥が痛くなってきた。右手で額を抑えこむと、そこからじんわりとした熱を感じる。
「ヒロキ、大丈夫?」レイナがそっと俺の背中に手を当てた。
「こればかりは、推測するしかありませんが……」美琴は目を伏せ、力無い声で言った。「そらのさんがあなたを選んだのは、あなたが持っている可能性を信じたのでは無いでしょうか」
「俺の、可能性……?」
「つまり、あなたの命が助かりつつ、世界の均衡も保たれる。そんな最善の未来を望んでいたのでは、と」
それは、あまりにも楽観的すぎる選択じゃないか。命を賭けるには、あまりにも勝算が低すぎる。そして――それは、あまりにもそらのらしい考え方だった。
「そらのさんが旅立たれた後、私はあなたのことを注意深く見守っておりました」美琴は再び両手を腰の前あたりで重ね、目を閉じた。
「当初、あなたは抜け殻のように、そらのさんの影を追っていました。ですが、ここ数日は、何か行動を起こそうとしているように見える。この不穏な状態をどうにか変えようともがいている。そういった意志の力を感じました」
「だから――」美琴は再び目を開いた。「私は今、あなたにお話しすることにしたのです」
彼女の目の奥には、諦観などは一切感じられず、ある種の覚悟が宿っているように感じた。
「あなたの意志にはこの世界を変える力がある。私はそう考えています」
そう言って、美琴は深々と頭を下げた。
「そらのさんが信じ、あなたへと繋いだ“選択”を、どうか無駄になされませんよう」
「……そろそろ時間ですね」美琴は先ほど入ってきた道の方へと歩き始めた。
「私にも、なすべきことがまだ残されていますので、これで失礼します」最後に美琴は薄く微笑んだ。「互いに最善を尽くしましょう」
洞窟のような部屋を後にした俺たちは、再び境内に立っていた。
耳が壊れんばかりにセミの声が鳴り響いている。太陽はもう随分高いところにあるようだ。降り注いでくる強烈な日差しを身体全体で受け止めながら、頭の中では美琴から言われた言葉が渦巻いていた。
「そらのは、俺を助ける未来を選んだ……」
――ヒロくんとわたしは、もう会わないほうがいいと思う。
再び、そらのの言葉が頭の中に蘇ってきた。俺はただそらのの言葉に憤るだけで、そらのがどんな思いでその言葉を口にしたのかを考えようともしなかった。
「今まで、俺は何をしてたんだろうな……」俺は誰に言うでもなく、力なくそう言った。
「ずっと近くに居た人の、言葉の意味にも気付けないなんて、笑えないな、ほんと」
「さっき、ミコトが言ってたでしょう。ヒロキの存在は、きっとソラノにとっては救いだったって」
「それは、たまたま俺が近くに居ただけだ。それなのに……結局俺は、そらののことを何もわかってやれていなかった」
「……ふう」レイナはこちらにわざと聞こえるように、大きなため息を吐いた。
「思うんだけど、それってヒロキが勝手にそう思ってるだけなんじゃないの?」
「え?」
「ソラノにとって、ヒロキが自分のことを正しくわかっているかどうかは重要じゃなかった――むしろ、知らなくても一緒に居てくれることが嬉しかったんじゃないの? それを、もう一度ソラノと話してみればいいんじゃない?」
レイナは溜め込んでいたものを解き放つかのごとく、それらの言葉を早口で言い終えると、ふう、と一息ついた。
「その上で、くよくよし続けるのかどうか、考えた方が建設的だと思うけど」
「……レイナ」
「あー、私、また率直にものを言いすぎてるかも」レイナは肩をすくめた。「でも、今のヒロキにはこれくらいがちょうど良いかと思って」
「……はは」
「なんで笑ってるの」
「いや……レイナの言う通りだなって思ってさ」
そうだ。相手の気持ちを勝手に想像したところで、意味が無い。大事なのは、それを確かめる行動をすることだ。
「そらのがどんなことを考えていたのか、ちゃんと本人の口から聞くよ」
「そう……」レイナの表情が、緊張からほんの少し解放されたように緩んだ。
突然思いもよらぬことを聞かされたことでの驚きやためらいは、レイナにももちろんあったのだろう。
「悪いな。俺はいつも自分のことばっかりで」
「ヒロキはむしろ、自分を卑下しすぎ。周囲の人たちに気を遣うのは良いけど、自分をぞんざいに扱いすぎてる」
「そうなのかな……」
「そうなのっ」レイナは語気強くそう言った。「だから、あんまり自分を卑下しないで」
レイナの肯定的な言葉に、何となく勇気づけられる気がした。この数日の間、何度こうしてレイナが俺を地に足のついた世界に戻してくれただろう。
「ほら、早くソラノと通信を繋いでみて」
「ああ、わかった……」
レイナに促され、MRDを操作しようとしたところで、俺は重大なことを思い出した。
「しまった、こいつ、充電が切れてるんだ……」
「えっ、そうなの?」
「ああ、充電しようと思ってた矢先に、例のやつらに襲われたから……」
「そう……今はアオイの家に戻る訳にもいかないし……」
レイナはあごに手を当てて、しばらく唸っていたが、やがて諦めるように言った。「チャージスポットを使うしかないわね」
チャージスポットとはMRDを高速充電できる装置のことだ。駅や公共施設、大型商業施設や大学、大通り沿いの信号脇など、人通りが多い場所に設置されている。たしか、百貨店前にチャージスポットがあったはずだ。ここからならそんなに遠くも無いが……。
「チャージスポットか……そうなると、大通りに出るしか無いな」人通りが多い場所に出るのは、出来れば避けたい。指名手配の配信がされてから、それなりに時間が経っている。それを見た誰かが、俺やレイナに気付く可能性は高いだろう。
「リスクはあるけど、それ以外に方法は無いと思う。様子を見るだけでも、近くまで行ってみましょう」
「……わかった。そうしよう」
確かに、それ以外で簡単に充電が出来る方法も思いつかない。充電が出来なければ、そらのと話すことは出来ないのだ。
俺たちはチャージスポットのある通りを目指すことにした。




