14ー1 大符魂神社
少女に連れられてきたのは、やはりあの大符魂神社だった。早朝の光に照らされた神社の境内には、犬を散歩させている老人や、ジョギングする若者がちらほらと見えるものの、参拝客は居ない。
あれから少女は一言も発しないまま、早足で歩いている。俺とレイナは少女と少し距離を保ったまま後をついていく。
「彼女はソラノとどういう関係なのかしら」レイナはどことなく不安気な様子だ。
「俺にもよくわからない。ただ、そらのがよくこの神社に来ていたことは確かだ」
「それじゃ、信用してもいいということ?」
「それはまだわからない」
そらのと一緒にこの神社を訪れた時のことを思い出してみる。俺はいつも中には入らず、外で待っていた。だから、そらのが神社の中で何をしていたのかは知らない。この、巫女の少女に会っていたということなのだろうか?
「こちらにおいでください」少女は境内の隅にある壁の前で立ち止まり、俺たちを促した。
その壁は長年そこにあり続けたのだろう、ツタやコケが生い茂っている。どうしてこんなところに連れてこられたのだろう。そう思っていると、少女はその壁を手で撫で始めた。ゆっくりと丁寧な手つきで、確かめるように壁を手でさらっていたが、やがてある箇所でその手の動きが止まる。そして――
重たい音が響いた後、さきほど少女が触れていた箇所には、小さな穴ができていた。穴というのは比喩ではない。それは、人が出入りできるのかどうかさえ怪しいような大きさなのだ。穴の横には扉が付いていた。その扉には、周囲の壁と同化させるためのカモフラージュが施されている。
「わたしの後に続いてきてください」少女は一度中へと入る素振りを見せてから、再度こちらを振り返った。「入ったら、扉を閉めるのをお忘れなきよう」
そういって、少女はさっさと中へ入っていってしまった。俺はレイナと顔を見合わせる。穴の中を覗いてみると、外の光が届かない暗い通路が奥へと続いているのが見えた。通路の幅は辛うじて人がひとり通れるくらいの狭さだろう。
「俺が先に行く。離れるなよ」
「……わかった」
中に入り扉を閉めると、途端に暗闇に包まれた。足元すら見え辛い中で、前を歩く少女が掲げる一本のろうそくだけが辛うじて道を照らしている。不安な心が足取りをより重くさせた。
(それにしても、なぜ彼女は俺たちの前に現れたのだろう)
俺たちが危機に陥っていたタイミングを見計らうように、呼んだはずのない救急隊が来て、そのすぐ後にあの少女が現れた。どう考えても、この二つの出来事は、偶然重なったとは思えないが――。
「キャッ……!」レイナが後ろで小さく悲鳴を上げ、俺の腕をつかんできた。どうやら、つまずいてしまったようだ。
俺は横向きになり、レイナの腕をしっかりと支えた。
「大丈夫か?」
「……ええ、ありがとう」
レイナの息遣いをすぐ傍に感じる。何故だか自身の心臓の鼓動が大きく聞こえる気がした。
「少しずつこっちへ。足元、気を付けろよ」
「わかったわ」
俺たちは隣り合わせに並んだ形で互いの腕をつかみ、少しずつ歩いていった。しばらく歩いていくと、狭い通路の圧迫感が消え、開けた空間に辿り着いたのがわかった。岩に囲まれた洞窟のようなその空間には、妙にひんやりとした空気が満ちている。天井の一部が崩れ、そこから微かに太陽の光が差し込んでいる。汗をかいていた背中が、急速に冷えていくのを感じる。大符魂神社の中にこんな場所があったとは知らなかった。
「こんな暗いところで申し訳ありませんが、少しの間だけ辛抱してください」
少女は外壁に備え付けてあるろうそくの一本に火を灯す。すると、真っ暗だった内部の輪郭が少しだけ浮き上がった。
「さて……紹介が遅れました」いくつかのろうそくに火を灯し終わった巫女の少女は、改めて俺とレイナに向き直った。
「私はこの神社の娘で巫女を務めております、小桜美琴と申します。まずは先日の無礼をお詫び申し上げます。どうかお許し下さい」
美琴と名乗る少女は、深く頭を下げた。
「先日の、ということは。やっぱりケーキ屋の前で会ったのは……」
「ええ、紛れもなく私です」美琴は躊躇なく答えた。
「その後、俺が神社で声を掛けた時、わざと知らない振りをしていたのか?」
「……はい」美琴は少しだけ申し訳なさそうな顔で答えた。
「否定しないんだな。どうして、今になって俺たちの前に現れた?」
「私は、時が来るのをずっと待っておりました」そう言って、美琴は背筋を伸ばした。その眼差しには強い意志を感じる。
「時?」
「はい。あなたにお伝えすべきことを、伝える時――」美琴は祈るように、両手を自身の胸の上で重ね合わせた。「それが、今なのです」
美琴の言葉は要領を得ない。
「その前に、いくつか聞いておきたいことがある」
「ええ、何なりと」美琴は深々と頭を下げた。「あなたの質問に対する答えが、お伝えすべきことのひとつですから」
聞きたいことはいくつもあった。だが、何よりも聞きたいことは――
「さっき、救急車を呼んだのは君か?」
「はい」
「……そうか、じゃあ、まずは感謝をしておく。だが、どうしても腑に落ちない。あまりにもタイミングが良すぎるし、それ以前に、どうして救急車を呼ぶような事態が起きているとわかった?」
俺たちが襲撃に遭うのを知っていた――というレベルでは済まない。襲撃されてから、俺たちがあの状況にまで追いつめられるまでの時間。現場まで救急車が到着するまでの時間。救急車から降りた救急隊員が玄関の扉を叩くまでの時間。それら全てを詳細に知っていなければ、いや、知っていたとしても、到底起こりうる状況ではない。
「普通に考えれば、君もあいつらとグルだと思わざるをえない。だがそうすると、そもそも救急車を呼ぶ理由がない」
美琴は目を閉じながら、俺の言葉に小さく頷いていた。
「教えてくれ。 君を信じるに値する答えを」俺の言葉を受けて、美琴はゆっくりと目を開けた。
「その疑問に対する答えこそが、一番お伝えするのが難しいことなのです。そして、今あなたが感じている矛盾こそが、その答えとも言えます」
「曖昧な言葉で濁すのはやめてくれ」
「申し訳ありません」美琴はまたも頭を下げた。「ですが、理解して頂くためには、ひとつずつお話するしかないのです」
美琴はそう言うと、小さく礼をしてから、再び話し始めた。




