13ー4 背中合わせ
「すみません! 扉を開けますよ!」太い男性の声が玄関の向こうから聞こえてくる。
「……今、行きます!」まだ狐につままれたような感覚のまま、玄関に走る。
なぜ、ここに救急隊が来たのだろう。だが今はとにかく、この幸運に乗じて翔を助けたい。玄関の扉を開けると、重装備の救急隊員らしき男性が立っていた。
「こちらに怪我人がいるとの通報があったのですが」
「こっちです!」担架を手にした救急隊員は、俺の指したほうへ駆けていく。翔のそばにはレイナが座り込んでいるのが見える。
俺もそこに向かおうとしたが――途中で、葵さんの部屋の扉がわずかに開いていることに気付いた。
「そうだ、葵さん……!」
葵さんの部屋を覗いてみる。が、そこには葵さんの姿はなかった。
それから俺は家中のあらゆる部屋の中を探した。どこかに隠れているかもという期待をして、クローゼットの中も覗いてみた。だが、彼女はどこにもいなかった。
「どうしたの、ヒロキ」客間の近くに戻ると、レイナが心配そうに声を掛けてきた。
「葵さんの……姿がないんだ」俺の言葉にレイナが身体を強張らせた。「……まさか」
俺たちの頭をよぎったのは、おそらく同じ考えだ。まさか、葵さんはさっきの人影たちに――?
その答えは出ないまま、翔を載せた担架が家から運びだされるのを、俺とレイナはその様子を静かに見守ることしか出来なかった。
「……ひろ、き……」担架が俺たちの前を通り過ぎる時、苦しそうな声で翔が俺の名前を呼んだ。
「翔!」俺は担架に駆け寄った。翔は苦しげな声を出しながら、震えた左手を持ち上げた。俺はそれを右手で掴む。
「……わりぃな、裕樹」翔の声はか細く、今にも消え入りそうだ。
「大丈夫だ、何も言うな」
「あと……は、頼むぞ……」翔の左手の力が徐々に弱くなっていく。「そらの、の……真実……を……」そこで翔の左手の力がふっと抜けた。
「おい! 翔! おい!」
「ちょっとどいて!」救急隊員のひとりが俺を突き飛ばし、翔に大きな声を掛けている。他の救急隊員と何かを話したあと、素早く担架を救急車に運び込んでいく。
俺はたまらず、救急車に乗り込もうとした――が、一歩踏み出したところで、レイナが俺の肩を掴んだ。
「私たちが付いて行けば、もっと面倒なことになる」
「でも……!」
「私だって一緒に追いかけたいと思ってる!」レイナの言葉は、叫びにも似た切実な色を帯びていた。
「けど……」レイナはじっと唇を噛んだ。「一刻も早く治療を受けられるようにすることが、結果的に、カケルが助かる可能性を高めることになる」
「レイナ……」
「今は、助かることを信じるしかない」
救急車の方を見ると、丁度後ろのドアが閉められるところだった。翔を乗せた救急車は走りだし、サイレンを鳴らしながら遠ざかって行く。
(どうか、助かってくれ)
遠ざかる救急車に向かって、俺は必死に祈った。
「カケルは大丈夫。きっと」レイナはそう噛み締めるように言った後、肩を落とした。「でも、アオイが――」
おそらく、あの人影たちはJCOが差し向けたものだろう。となると、葵さんは拉致されてしまった可能性が高い。
「レイナ、一刻も早くコネクトセンターに――」道路脇の角に誰かの影が見えて、俺は言葉を吞み込んだ。さっきのヤツらが戻ってきたのか? 背筋に緊張が走る。
「レイナ……下がって」
「どうしたの?」
「あそこに誰か居る」俺はレイナをかばうように立ち、影をじっと見据えた。
影は角からゆっくりとこちらへ歩み出た。夜明けの薄明かりに照らされて、ぼんやりとその顔が浮かび上がる。
「君はあの時の……」それは何度か見かけたあの巫女の少女だった。
「楠原裕樹さん、それに折笠レイナさんですね」
少女は、知っているはずの無い俺たちの名を口にした。
「あなたは、何者なの?」レイナの疑問に、少女は凛として態度で「詳しい事情は後ほど」とだけ答えた。
「突然で申し訳ありませんが、ひとまず、私についてきて頂けませんでしょうか」
「どこへ?」俺の疑問に、少女は態度を変えず「ついてきて頂ければわかります」と答えた。
「君が俺たちの敵では無いという証拠は?」
「後できちんとお話しします。少なくとも、ここに居続けるのはあまり得策ではありません――あれを」
少女が指す方を見ると、一軒家の窓が開いており、そこから女性がこちらをじっと見ている。よく見回してみると、周囲の家の窓がちらほらと開かれ、そこからこちらを伺うように眺めている人たちが居るのに気が付いた――当たり前だ。なにせ救急車がここに来たのだから。俺やレイナが指名手配されている人物だと気付く人間が現れるのも、時間の問題だろう。
「ご理解頂けたなら、こちらへ」少女がさっと右手をかざすと、朝日がまるで後光のように少女に向かって注ぎ込む。
(彼女の言う通りに行動していいものか。それとも――)
俺たちはしばらくの間、互いの思考を測るように無言で視線を交わしていた。しかし、少女の一言によって、その空気は一変した。
「お話ししたいことがあるのです――瑞梨そらのさんのことについて」




