13ー3 背中合わせ
「くそ、こんなに早く居場所が見つかるなんて……」
「とにかく、一度元の場所に戻って隠れましょう」
レイナの言葉に頷き、俺たちは方向を変えようと振り返ると――風を切るような音が耳元を掠めた。同時に、担いでいた翔の重さが急に増した。
「え?」次の瞬間、翔は俺の手をすり抜けてその場に倒れた。
「は? 翔……?」起こそうとするが、翔の身体からは完全に力が抜けている。
腹から抱えようとすると、べっとりと生暖かいものが手を濡らした――血だ。
「ヒロキ……前!」
前を見ると、二つの人影が俺たちに銃を向けて立っていた。黒い服に身を包み、顔のほとんどがマスクのようなもので覆われている。男なのか女なのかも判別がつかないが、体格から男だろうと推測できた。2対の目だけが小さな光を灯しているが、その奥からは何の感情も読み取れない。たった今、人を撃ったというのに、何の感情も抱いていないのか。
こいつらが、翔を――
「くそっ」そう呟くのと同時に、背後の客間の扉が開く音がした。振り返ると、先程廊下に居た男が、俺たちに銃を向けて立っている。俺たちは前後を挟まれたまま、客間の中心までじわじわと追いつめられていく。
「レイナ、お前だけでも逃げられるか?」顔は人影の方に向けたまま、限りなく口元を動かさないようにして、レイナに声を掛ける。
「こんな状況じゃ、流石に無理よ」レイナはほとんど聞こえないほどに小さく、低い声で答えた。
翔は俺の足元でぐったりとしている。少なくともこれ以上、翔に危害を加えさせる訳には行かない。翔を後ろに隠すように動くと、3つの影が一斉に銃を俺の方へと向ける気配がした。
「ヒロキ、止めて!」
「くっ……」
この状況を打破する方法が――ひとつだけ、思いつくことがあった。あの力があれば、あるいは――。
俺は自分の掌を見つめる。使えるかどうかはわからない、だが、多少怪我を負ってでも使うことが出来れば、ここに居る奴らを倒せるかもしれない――どうする?
侵入者たちは俺の挙動を様子見しているようで、銃を構えたまま微動だにしない。出来るか? 前に居るふたりを倒して、背後のひとりを倒すとして――いや、ダメだ。もし力を使うことが出来たとしても、この狭い空間ではレイナや翔にまで危害を加えてしまうかもしれない。
それに、片側に居るふたりを倒せたとして、もう片側に居る奴がレイナや翔に発砲する前に間に合うかどうかも正直わからない。
俺は掌を開き、両手を頭の横に上げた。男たちは動かない。俺たちも動けない。
そんな息の詰まりそうな静寂の中、遠くでかすかに救急車のサイレンが聞こえた。助けてくれ、と叫びたい。だが、ここで叫んだところで、あの救急車は自分たちに気付くことはないだろう。
(くそ、どうすれば良いんだ――!)
「ヒロキ、落ち着いて」レイナが冷静な口調でささやいた。
「銃を撃ってしまえば終わりなのに撃たないってことは、私たちを殺すことが目的じゃない」
「じゃあ、何が目的なんだ……?」
「わからない。でもここで降伏すれば、いずれ逃げるチャンスも見つけられるかもしれない」
「ぐふっ!」突如、頭部に強い衝撃を受け、俺は地面に倒れた。
見上げると、いつの間に近づいたのか、人影のうちのひとつが俺のそばに立っていた。その人影は無言のまま、再度俺の頭を銃で殴りつけてきた。
「うっ……ぐっ……」頭だけではなく、横腹、背中、あらゆる場所に衝撃が走る。少しでも痛みを和らげようと、俺はうずくまり、両手で頭を抑える。それでも痛みが身体中を覆い、上手く呼吸が出来ない。
「待って!」レイナの叫び声が聞こえる。「私たちはここで降伏する。だからこれ以上危害を加えないで」
レイナの声に反応するように、人影は殴るのをやめた。
「はぁ、はぁ……」
「ヒロキ……」レイナは俺の背中をさすってくれた。
「だ、大丈夫だ……」
レイナが人影の方を睨みつけた。
「翔を病院に連れていってくれれば、あなたたちの言うことを大人しく聞く」
人影たちは言葉をかわすこともなく、俺とレイナに近づき両腕を後ろに回してきた。
「レイナ……」
「私は、大丈夫」自分だって不安なはずなのに、レイナは俺を安心させるように頷いてみせた。
(レイナの言う通り、この場の空気に従うのが得策なのか――?)
突然、玄関の扉が激しく叩かれる音が響いた。
人影たちのまとう空気がピンと張りつめたのがわかる。
「すみません! 救急隊です! 通報があったのはこちらですか!? もしもし!」
俺とレイナは互いに目を合わせた。もちろん、俺たちは通報などしていない。
俺たちの腕をつかんでいた人影たちは、互いに目線だけで何らかの合図をし合った後、俺たちを突き飛ばして、一斉に玄関とは反対の方向へと走り出した。
「これは……助かった、のか?」
「そう、みたいね」レイナは深く息を吐いた。「でも、なんで……」




