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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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13ー2 背中合わせ

「もし、完全なそらのの記憶データを手に入れることが出来たら、俺はそらのとずっと一緒に居られるのか?」


 それは、そらのと会話する中で秘かに芽生えた俺の疑念だった。そらのの実体はもうこの世に存在しないとしても、この記憶さえ手に入れられれば、話したい時にいつでも話せるのではないか。


 もちろん、それは究極のエゴだということはわかっている。そんな自分勝手な理由で、レイナや翔や葵さんを危険にさらすなんて、どうかしている。そのおかしさは自分でもはっきりと自覚している。だからこそ、今まで誰にも言うことなく胸の奥にしまいこんでいたのだ。


 レイナはしばらく黙っていたが、「……それが、ヒロキの本当にやりたいこと?」とつぶやいた。


「まだ、わからない」と答えると、レイナは「そう」と言って、大きく息を吐いた。


「何をするにしろ、後悔しない選択肢を選んだ方が良い。だから、自分が本当にやりたいと思っていることは何か、もう少し考えてみた方が良いと思う」


 背中越しのレイナの表情を伺うことは出来ない。けれど、俺の言うことを非難も笑いもせず、真剣に受け止めてくれたことが今は何よりもありがたかった。


「わかった。ありがとう、聞いてくれて」


「別に、お礼を言われるほどのことはしてない」


 俺は暫くの間、そのままレイナの背中から伝わる体温を感じていた。レイナが、徐々に俺の方へと体重を寄せていくのがわかった。


「何事につけても、希望を持つのは絶望するよりもよい。可能なものの限界をはかることは、誰にもできないのだから」


「それは?」


「昔の詩人の言葉――」レイナは少し照れた様子で言った。「――の、受け売りの受け売り」


「私が研究に行き詰まって落ち込んでた時に、マコト先生が教えてくれた言葉なの」


「へえ、なんか、良い言葉だな」


「……私も、好き」


 背中越しに聞こえる、どこか安堵したような、レイナの優しげな声。その声を聞いていると、俺の胸にも暖かなものが広がっていくのを感じた。


 これからどうすべきか――その答えはまだ見つからない。しかし、俺の中でもやもやと渦巻いていた重苦しい気持ちは少しだけ溶けたような気がした。


 * * *


 それから、レイナと俺はそらのの部屋を出て、廊下に降りた。客間に戻ることにしたのだ。


「翔が起きたら、これからのことを相談しないか?」


「……そうね。カケルの怪我の状態を考えると、ここから動くのは得策ではないと思うけど」


「だったら、例えば翔にはここで作業を続けてもらって、俺たちは外に出るっていうのは?」


「あの“シグマ”が、また現れる可能性もある」記念館での出来事を思い出したのか、レイナは不安げな表情になった。


「それは俺たちにとって、チャンスになりうるんじゃないか?」


「チャンス……?」


「あいつはJCOの事情に詳しいはずだ。この状況を破る突破口になる情報も持っているかもしれない」


「それはあまりにも危険な賭けね……」


「ともかく、もっと話し合おう」俺は少しためらってから、言葉を続けた。「昼間は、あまり冷静じゃなかったから」


「……そうね。私も少し、焦っていたから……その、ごめんなさい」


「レイナは謝りすぎだよ。昼間の件は、お互い様だろ」


 レイナは柔らかく微笑み、「うん」とだけ言った。


「まあ、とりあえずは客間に――」突然視界が暗くなった。


「あれ? 何だ?」


 どうやら、たった今まで点いていた廊下の電気が消えたようだ。


「停電、かな?」レイナが周囲を見回している気配が風の動きから伝わってくる。


 不思議に思いながらも、俺はレイナの手を取って暗闇の中の廊下を進み、客間へと向かった。


 客間のふすまを開けると、翔が眠そうな目をこすっているのが見えた。


「あえ? ふたりともどこ行ってたんだよ」


「ちょっと話してた。お前も起きたのかよ?」


「んー。何か目が覚めちまって……」そう翔が言った直後に訪れた沈黙の中――不意に、扉を開くような、乾いた音がどこかから聞こえてきた。


「今の音、何だ?」不穏な気配に、俺は声量を落とした。


「玄関の扉だろ? 葵さんが外に出てたとかじゃね?」と翔。


「……私は、隣のリビングから聞こえたような気がしたけど」とレイナ。


「とりあえず電気を……」俺は照明のオンオフパネルに触れた。だが反応はなく、部屋は暗いままだ。「点かないな……ブレーカーでも落ちてるのか?」


「何か、気味が悪いな。まるで――」翔の言葉をレイナが遮る。「しっ」と口に指を立てて俺たちにも沈黙を促した。その後、レイナは身体を屈めて、そのまま静止した。俺と翔は言われるままに黙っていたが、数秒してレイナがすっと立ち上がった。


「カケル、立って。ヒロキも手伝って」レイナは極めて小声でそう言うと、素早く翔に駆け寄り、立ち上がらせようとし始めた。


「うわっ、どうしたんだよレイナちゃん?」小声で翔が尋ねた。


「嫌な予感がする」レイナの声は緊張からか掠れていた。「アオイにも声をかけて、ここを離れましょう」


 突然の停電。暗闇の中の物音。嫌な予感。


「わかった。翔、こっちにつかまれるか?」


「もう、そんな大げさなことしなくても、歩けるって」


 文句を言う翔を無理やり両側から支えると、部屋の内側から、出来るだけ身体を外に出さないように注意しながら、廊下を覗いた。廊下には何者かが居る気配はない。


「音を立てないよう注意しながら、玄関脇にある葵さんの部屋に」俺の提案にレイナも頷いた。


 客間の扉の隙間から廊下へとそっと滑り出る。すると、少しも歩かないうちに、玄関側の方に人影が居るのに気付いた。


 葵さんとは明らかに体格が違う。


 最初その人影は、その場に止まっているように見えたが、そうではないと気付いた。異常にゆっくりと動いているのだ。その人影は足音ひとつ立てることなく、徐々にこちら側へと近付いてくる。


 レイナの嫌な予感が、実際に目の前に人影となって現れた。翔とレイナも人影の存在に気付いたようだ。


 停電、物音、人影。


 一気に緊張感が高まり、身体全体をぎゅっと締め付けた。

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