12ー7 瑞梨葵
「あの……そらのの事故のことで、聞きたいことがあるんです」
「事故のこと……?」
「こんな時に、すみません。でも……今、聞いておきたいんです」
俺は布巾をキッチンの上に置いて、葵さんの方を見た。
「警察から聞いたこととか、葵さんが感じたこととか、何でもいいんです。何か、葵さんが知ってることはありますか?」
「あまりにも急なことだったからね……」葵さんは腕を組み、小さく唸った。「私もショックで、正直なところ、細かいことはもうよく覚えてないの」
「そうですか……」葵さんの心情を思えば、それは仕方のない事だと思った。
「警察の人にも、その時の状況とか色々と説明はされた。でも、あんまり頭に入ってこなかったんだ……」
葵さんはしばらく遠くを見るような眼差しをしていたが、やがてそっと俺の方を見た。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「前にも話しましたが……そらのの記憶が不完全な状態で、俺にはどうしても納得できないことがあって……」
「なるほどね……」葵さんは険しい面持ちで俺を見つめた。「そのために、犯罪を犯しているの?」
「えっ?」突然の追及に俺は面食らった。
「普通、そらのの記憶をここに持ち込んで、ああやって話をする、なんてこと出来ないはずだよね。ということは、あなたたちはコネクトセンターに保管されてるそらのの記憶と、何らかの正しくない方法で通じてる、ってことになる」
葵さんは強い言葉にならないよう、気を付けながら話をしているように見えた。
「もちろん、そらのと話をさせてくれたことはありがたいと思ってる」葵さんは俺から目をそらし、キッチンの上に置かれた布巾に視線を落とした。「でも……犯罪は犯罪でしょう」
俺には返す言葉がなかった。言葉を探して黙っているうちに、葵さんが再び俺を見た。表情には不安の色が混ざっている。
「指名手配されてる、っていうのもあながち間違いじゃないってこと?」
「……今、報道されてる映像のようなことはしていません。それだけは信じてください」
慎重に言葉を選びながら、葵さんから目をそらさずに、俺は答えた。
「俺は、真実を知りたいんです。こうして、そらのの記憶と話せるようになったと言っても、残された時間はあと数日だけなんです。コネクトセンターからそらのの記憶が消されてしまったら、もう真実を確かめることが出来なくなります」
「でも……それは覚悟しなきゃいけないことなんじゃないのかな……」
「もちろん、真実を知ったところで、そらのは帰ってこないだろうと言われたら、その通りだと思います。何も無いならそれで良いと思ってました」
「ですが」俺は語気を強めた。「今日までに起きたことを考えると、俺は何かある可能性の方が高いだろうと思っています」
俺の「何かある」という言葉に、葵さんの視線がわずかに揺れた。
「だから、せめて俺だけでもそらのの身に何が起きたのか、知っておきたいんです。その真相がわからないまま、後悔の念を抱えたまま生き続ける方が、警察に捕まることよりも、俺にとっては辛いです」
葵さんはキッチンの出入口の方を振り返り、その隙間から見えているそらのを眺めた。そらのは食卓で、レイナや翔と楽しそうに話している。食卓の会話の声がこちらにも聞こえている。
「でね、わたしがお姉ちゃんに似合うかなって買ったマフラーが、帰ったらなぜか家にあったの! お姉ちゃんのほうもわたしに似合うだろうって選んだんだって」そらのが興奮気味にふたりに話している。その話は、俺も前に聞いたことがあった。
「そういうの、ちょっと羨ましい」レイナが柔らかに微笑む。
「レイナちゃんの言うことわかるわ~。俺もあんなお姉ちゃん欲しかったぜ」と翔。
「あげないもんね~。ふふふ」
その様子を見ていた葵さんは、大きく溜息をついた。何かを腹に決めた様子だった。
「わかった」諦めるようにそう言って、俺の方を見た。
「本当は迷ってたの。あなたたちをこのまま置いていいのかどうか……」
葵さんはそらのたちの方を見た。「でも、私も覚悟を決める」そして再び俺を見て、微笑んだ。
「そらのを守れなかった分、あなたたちのことを守るわ」
「葵さん……ありがとうございます」俺は精一杯の気持ちを込めて、葵さんに頭を下げた。
「とにかく、しばらくこの家の外には出ないようにしてね。欲しいものがあったら自分たちで買いに行こうとか思わずに、私に言うこと。わかった?」
「わかりました」
「よし、そしたら、私たちもご飯の続きにしましょ」
その顔はかつての葵さんのように、活力を感じさせるものになっていた。




