12ー2 瑞梨葵
「……なんとか病院の入り口近くまで翔を運べないか? そこからなら翔もひとりで病院まで……」
「おい……今そんな事してる余裕なんて、ないだろうよ……」翔は頑なに引き下がろうとしない。
「まだやらなきゃいけねーことが、残ってるじゃんかよ。システムのクラッキングなんて、お前やレイナちゃんには出来ない……そうだろ?」
「それは、そうだが……」
「ここまで来て、目的を投げ出すなんてことは、許さねーからな……」
確かに、俺たちには目的がある。その目的のために、翔の存在が必要不可欠なのも事実だ。
「……確かに、カケルの言うことにも一理ある」とレイナ。
「病院以外で、落ち着いて翔の手当てが出来るような場所を考えましょう。応急手当だけでもしておいた方が良い」
「……わかった。俺の負けだよ」このまま時間が過ぎるよりかは良いだろう。
「はは、わかってくれりゃいいさ」翔も納得してくれたようだ。
しかし、俺たちが行けるような場所といえば――。
「俺やレイナの家に行くのはもちろん、ダメだよな」
「間違いなく、警察が待ち構えていると思う」
「多分、俺んちもヤバイな」と翔。
「そうね。大学に戻るわけにもいかないし……」
他にMRD認証なしで入れる場所と言えば、ネットカフェやカラオケくらいだろうか。だが、どこも監視カメラは設置されているし、もしも通報されると逃げ場がない。
ふと見上げると、東の空が白み始めている。また朝がやってきてしまった。
朝が来る度に、そらのが電葬されるまでのタイムリミットが急激に近づいたように感じる。翔は言わずもがなだが、泣き言ひとつ言わないレイナだって、相当消耗しているのは明らかだ。これ以上人目を避けてあてもなく動き続けるのは、体力的にも精神的にも限界だ。
(どうすればいい? どうすればいいんだ?)
誰か、俺たちを助けてくれる人は――。
「……葵さん」
そうだ。ひとり、心当たりがあるじゃないか。指名手配された時にだって、真っ先に俺たちの安否を心配してくれた人。そらのの、たったひとりの大切な家族。彼女ならほかの誰よりも信頼できるだろう。
「葵さん、か……」翔の声は、あまり賛同しているとは言い難いトーンだった。
「……現実的に考えて、今、俺たちが頼れる人は、葵さんしか居ない」
しかし、葵さんに頼るということは、すなわち葵さんをこの件に巻き込むということでもある。レイナと翔も同じことを考えているのだろう、その表情には迷いを色濃く滲ませていた。
「信頼出来るのは確かではあるけど……」レイナには珍しく、歯切れの悪い返答だった。
「だからって、葵さんに甘えてもいいのかと言われると微妙だよな……」翔も難しい顔で言った。
前に葵さんの家を訪れた時、いつでも頼って良いと言ってくれた。しかし、それは今のような状況に対する言葉では無かっただろう。あの男がいつ再び現れるともわからない。最悪の場合、葵さんを危険に晒す可能性もある。警察だって葵さんの存在は知っているはずだ。
もし俺たちを匿い、それが露見したら、葵さんまで罪に問われるかもしれない……。
自分自身に問いかける。そらのの大切な家族を危険にさらしてまで、自分たちが生き延びていいのか――。
俺は慎重に言葉を選びながら、俺の考えを述べた。
「確かに、葵さんが危険に巻き込まれる可能性は無いとは言えない。でも、今の状況で頼れるのは、やっぱり葵さんしか居ないと思うんだ。まずは翔の手当てを頼んで、それから次の手を考えるまで少しの間、匿ってもらおう」
俺はレイナと翔を交互に見て言った。「迷惑をかけずに済むくらいの、ほんの少しだけだ」
「レイナ、翔、頼む」俺はふたりに深々を頭を下げた。
レイナも翔も、俺の言葉を聞いてからしばらく考えている様子だったが、やがて翔が口を開いた。
「……お前、本気なんだな」
「ああ」俺は翔の目を真っ直ぐ見据えた。
「……わかった」レイナが俺の横まで歩いてきて、俺の肩を軽く叩いた。「私は、ヒロキのプランで良い」
「……ありがとう、レイナ」レイナに礼を言うと、翔は何故か少し楽しそうな顔をしていた。
「お前がそんなにマジで、俺に何かを言ってくる日が来るなんてな、はは」
翔の言葉は、おちゃらけというよりも、すこしだけ楽しさを含んだような感じだ。そして翔は、レイナが居る方とは逆の俺の横まで歩いてきて、俺の肩を強めに叩いた。
「俺も、お前の提案に乗るぜ」
「そうか……なんていうか、その……」
その後に続く言葉を言おうとして、急激に気恥ずかしい気持ちになってしまった。翔にそんな言葉を言うのは初めてだったからだ。それでも、俺は思い切って言った。
「ありがとな、翔」
翔は俺の感謝が予想外だったようで、一瞬だけ目を見開いた。
「はは、なんか今、すげーむずがゆい感じしたわ」
「俺もだ」
翔が笑ったので、つられて俺も笑った。胸の中にあったもやもやとしたものが、少し晴れたような気がした。
「ふたりが良ければ、出発したいんだけど」そう言うレイナの声色も、どこか楽しげなトーンだった。
「ああ、行こう」
そうして、俺たち3人は葵さんの家へと向かった。




