1ー3 瑞梨そらの
コネクトセンターに続く公園の小路を翔と並んで進んでいく。
ちょっとした森のようにも感じられるこの広い公園は、そらのも気に入っていた場所だった。ふと視線を上げると、茂る葉の向こうに巨大な建物――コネクトセンターがそびえ立っているのが見えた。
「いつ見てもデカいな」
「そりゃそうだ。関東圏の死者の記憶のほとんどがここで保管されてるんだぜ」
「いくら死後四十九日間っていう期限があるとはいえ、どれだけのデータ量があるのかって考えると途方もないよなあ」
翔はうんうんと頷きながら歩いている。その物言いからは、どことなく感心しているようにも見えた。この公園を抜けると、コネクトセンターの正面入口に続いている。
何か翔と会話をした方がいいだろうかと、うだうだ考えているうちに、あっという間にコネクトセンターの正面入口の近くまで着いてしまった。
「えーっと、エントランスはこっちだな」
翔は何の躊躇もなく先へとずんずん進んでいくが、やがてこちらを振り返り、俺が一歩も動いていないことに気付くと、「って、おーい!」と俺にツッコミを入れるジェスチャーをしていた。
「……やっぱり、翔だけで行ってくれ」
絞り出すように俺はそう言った。なんだか、強い緊張感からか、さきほどから胸のあたりがキュッとする感覚があるのだ。さらに、一歩前に進むたびに、その感覚が強くなっていく、ような気がする。その上、心臓の音もやけに大きく聞こえる、ような気がする。
「いやいや! 裕樹が行かないと何の意味もないじゃんか」
正論過ぎる言葉に俺がしばらく黙っていると、翔は神妙な面持ちになり「もしかして、怖い?」と言った。
「……悪いか」
「はあ~。まあ前々から気付いてたんだけどさ、どうせお前のことだから、そらのちゃんが死んだのは自分のせい、とか思ってるんだろ」
「ああ、そうだよ」
「それで、そらのちゃんと話すのを怖がってるわけだ」
あまりの図星っぷりに言葉も出ない。そんな俺の様子を見て、翔は呆れとも憐みともつかない表情で、腕を組みながら俺を見た。
「ふうん。お前はそうやって一生グダグダしながら生きてくんだ。そういう生き方って、いかにもお前らしいけどさ」
「……悪かったな」
「とりあえずさー、一度しっかり話してみろって。それにさ――」
翔は少しだけ間を置いたあと、こう言った。
「もしお前のせいでそらのちゃんが死んだんだとしたら、今度こそ気持ちよく後を追えるじゃん」
「は?」
あまりにも予想外の言葉に、思わず反射的に口を開いてしまった。
「なんというか、そらのちゃんに背中を押してもらうって感じでさ。そうしたら迷いも消えるだろうし」
翔の言葉には、思慮深さやデリカシーといったものは微塵もない。いつもそうだ。普通なら気を使って言わないようなことも平気で言ってくる。だが、それが的を射た言葉であることが多いのも、また事実なのだった。しばらく俯いていた俺は、顔を上げた。
「……そうかもな」
俺は意を決して、コネクトセンターへと足を前に踏み出した。開かれた自動ドアに導かれるままに中に入ると、広めの受付ホールが広がっている。
「思ったより凄いところだな……」
耳に心地良い音楽がうるさくない音量で流れており、まるで病院の受付のような、静かで清潔感のある空間だ。
「俺も何回かしか来たことはないけどさ、なんかいかにも最先端施設って感じがするよな」
そう言いながら翔は、興味深そうにホール全体を見回している。俺もあたりを見回していると、目の前にARディスプレイが表示された。そこには穏やかな微笑みを浮かべた女性が映されている。
「東京コネクトセンターにようこそお越しくださいました。恐れ入りますが、入って左側にございます認証端末にMRDをおかざしください」
視線を左側に移すと、精密機器が何台か並んでいるのが見えた。MRDに紐付いた個人情報を読み取るための端末だろう。最近では至るところで目にするようになった。言われるがままにMRDを装着した右手を端末に近づけると、小気味よい電子音が鳴った。
「楠原裕樹様と、雨宮翔様ですね。どなたとのご面会ですか?」
目の前のARディスプレイに映る女性の横に、文字入力を求めるテキストフィールドと、その下には仮想キーボードが表示された。俺は仮想キーボードを操作して「瑞梨そらの」と入力する。
「瑞梨そらの様ですね。かしこまりました。ご面会可能かどうかを確認致しますので、少々お待ちください」
そう女性の声が言い終えると、女性の姿がARディスプレイ上から消え、代わりに『確認中』というテキストが表示された。
この施設では、あらかじめ登録された人間にのみ、記憶へのアクセスが許されることになっている。この記憶へのアクセス権の登録は、本人が生前好きなタイミングで行える。つまり、そらのがあらかじめ俺たちを登録していなければ、話すことは出来ないのだ。
「心配すんなって。そらのちゃんが俺たちを登録してない訳ないじゃん」
「どうだろうな……」
短い沈黙が流れ、その後突然、俺の肩を翔が思いっきり叩いてきた。
「痛っ!」
「はは、景気づけってトコ」翔は自信満々にニッと微笑んだ。
それを合図にしたかのように、『確認中』となっていたARディスプレイに再び女性の姿が現れた。
「大変お待たせ致しました。ご面会の準備が整いましたので、どうぞ中へとお進みください」
そう言い終えると、女性を映したARディスプレイは俺たちの足元へ移動し、そのまま床に溶けるようにして消えていった。その動きを目で追いかけていると、今度はARディスプレイが溶けた辺りから青色の光の帯が床の上に伸びた。光の帯はいくつかの通路へと繋がる壁へと向かっており、その中からひとつの通路を指し示した。通路の並ぶ壁の上には『ご面会はこちらから』というARディスプレイの表示がある。
「ほらな。よーし、行くぞ!」
翔がさっさと進んでいくので、俺も追いかけるようにして目的の通路の方へと向かった。
* * *
通路の中に入りしばらく進んでいくと、先程までの雰囲気とは全く違う幻想的な風景が現れた。一面が青い光に満たされ、天井にはうっすらと星のような照明がきらめいている。
「これは凄いな……」
床からはまるで蛍の群れのような無数の小さな光が浮かんでいる。それを眺めていると、何だかここが本当に、生者の世界と死者の世界を繋いでいる場所なんじゃないかとさえ思えてくる。
「ほんと凄いよな。何て言うか、すげーお金かかってそーって感じでさ」
翔はなんだか罰が当たりそうなことを言っていた。
そんな風に話しながら歩いていると、やがて『ここでお待ちください』と表示された赤い半透明のARディスプレイが見えてきた。その向こうには何枚ものドアが左右の壁に並んでいる。
ARディスプレイの案内されるままに待っていると、やがて円状のプレートのようなものが二つ、左右の壁の床近くにある隙間から現れ、俺たちの前で停まった。どちらも、ひとりが乗れるほどのスペースだ。
『ここでお待ちください』と表示されていたARディスプレイが、赤色から緑色に変わり、テキストも『どうぞお乗りください』に変わった。
「これに乗れ、ってことか」
「全てがオートマチックに管理されてるんだ。徹底してんなー」
翔はしきりに感心している。
先程の案内と同じように、案内されるままプレートに乗ると、それはゆっくりと廊下を進み出した。と同時に、目の前にARディスプレイが立ち上がる。
「局長の黒田です。コネクトセンターにようこそ」
恰幅の良い五十代くらいの男がARディスプレイ上に現れ、優しげな表情を顔に張り付けながら、挨拶を始めた。
「私ども日本コネクト機構、通称JCOは、文部科学省所管の独立行政法人として2027年に発足し、2029年にここ東京コネクトセンターをオープンしました」
ARディスプレイ上の男が自信満々な様子で両手を広げると、3つの大きなビルが映った画像データが男の周囲に表示される。
「発足より三年後の現在、コネクトセンターは札幌、福岡、大阪と全国四か所に拡大しております」
次の瞬間、男は消え、ARディスプレイ上には、研究室らしい場所で研究チームと思しき人々が忙しく研究をしている様子が映されている。
「ここコネクトセンターは、皆さんにこれから“コネクト”をご利用頂くための施設であると同時に、さらなる医療の発展のため、脳科学、生物学を始めとする、様々な分野の研究を行うための研究施設でもあります」
「へえ、初めて聞いたな……」
コネクトが死者の記憶と話せるサービスの名称だということは知っていた。生者と死者を繋げる技術という触れ込みで、テミスネット上のあらゆる場所で目にしていたからだ。しかし、コネクトセンターが研究施設でもあるということは知らなかった。
「なんかすげーよな。あのでかいタワーのほとんどは研究所の施設らしいぜ」
再びARディスプレイを見やると、いつの間にか先ほどの恰幅の良い男性が再び登場していた。
「総勢二百名あまりの精鋭が、最高の技術、最高の英知を持ち寄り、大切なご家族やご友人を失った皆さんの悲しみを少しでも癒すお手伝いをするため、日夜努力を重ねております」
俺たちが説明を聞きながら進んでいる間にも、誰かを乗せたプレートがいくつもすれ違っていく。こんなに多くの人たちが、大切だった人の声を聞きたいと求めているのだ。死者の言葉を聞くことは、必ずしも癒されることばかりじゃないだろう。それでも、俺自身がそうであるように、この場所にすがるしかない人たちも居るのだ。ここで黒田という男の姿がARディスプレイ上から消え、受付で見たのと同じ女性が再び現れた。
「それでは、当施設のご利用にあたり、いくつかの注意事項を申し上げます」
女性は右手の人差し指を1本だけ、顔の横へと突き出した。
「その1、故人様の記憶データが保存される期間は四十九日間となっております。この期間が過ぎますと、故人様の記憶データは電葬され、以降ご面会することはできませんのでご注意ください」
その言うと、女性は次に人差し指と中指を突き出した。
「その2、ご面会時間は、一日につき三十分までとなっております。時間になりますと自動的にご面会終了となりますのでご了承ください」
たった三十分なのか。短いな。ARディスプレイ上の女性は指を2本から3本に増やした。
「その3、ご面会の際、故人様に亡くなった原因についてお尋ねになりませんようご注意ください。ご質問されても故人様はお答えすることが出来ません」
そこまで説明すると、ARディスプレイ上の彼女は、両手を自身の前で合わせた。
「もしこの禁止事項に該当する行為が行われたことを確認した場合は、その時点でご面会は終了とさせて頂きますのでご了承ください」
俺は翔の方を振り向いた。
「どういうことだ?」
「デリケートなことについては一般には開示されない、ってことじゃないか?」
翔は普段のおちゃらけたものとは違う、少し憂いを帯びた表情を浮かべてこう言った。
「やっぱ、良い死に方が出来た人ばかりじゃないだろうしな」
「……なるほどな」
でも、俺がそらのに一番聞きたいのはそこなのだが……。
そうこうしているうちに、ARディスプレイ上での説明は終わっており、プレートは一枚の扉の前に止まっていた。
「そらの様とのご面会はこちらになります。足元にご注意の上、ゆっくりとお降りください」
案内役の声の指示通りにプレートから降りると、案内係は恭しくお辞儀をした。
「それではどうぞ、大切な方との時間をごゆっくりとお過ごしください」
直後、ARディスプレイは消え、目の前の扉が自動的に開かれた。




