11ー6 分岐点
オレンジ色に染まった空。
あちこちに倒れている刑事たちの亡骸と、こびりつく黒い血痕。
鉄と土が混ざり合ったような悪臭が鼻につき、俺は思わず吐き気を催した。あまりにも現実離れした光景に、皆が恐怖を隠せないでいた。
「ひどい……」レイナが真っ青な顔でそう言った。
「……こんなに、たくさんの人が」春菜も恐怖に染まった声で言った。
警察官とは言え、この惨状にはさすがの春菜も顔を背けている。
――あの男は、この惨状をたったひとりで作り出したというのか。
この人数の刑事、しかも武器を持っている人間をいとも簡単に殺すことが出来る男の能力は、やはり尋常ではない。朱音とエマは大丈夫だろうか――不安が胸をよぎった。おそらくレイナや春菜も同じことを感じているだろう。しかし俺たちはあえて、その不安を口に出すことはしなかった。
「刑事の人たち、もしかしたらまだどこかに隠れてるかもしれないし、ワタシが先に様子を見ながら行くから、楠原くんたちは後から付いてきてね」春菜は銃を構えながら、俺たちより少し前を自ら率先して歩き始めた。努めて気丈に振舞ってはいるが、その背中には緊張が張り付いている。俺とレイナは翔を両側から抱え、周囲に注意深く視線を這わせながら歩いた。
「カケル、歩きにくくない?」
「ああ、大丈夫だ……なんか、俺すっげーVIP待遇受けてんじゃん。悪くないね」
「いいから、無駄口叩いて余計な体力使うなよ」
わざと悪ぶった言い方をすると、翔はお見通しと言わんばかりにフッと笑い、口を噤んだ。
刑事たちが人払いをしたというのは本当だったようで、校舎の中や建物の傍に人が居る気配はない。
だが、門のところまで来たところで問題が発生した。
「ちょちょちょ、ストップ!」春菜が小声で慌てて俺たちを制止した。
「どうした」
「……あそこ」春菜の指す方を見ると、門扉の向こうにパトカーの赤色灯が見える。加えて、刑事らしき人影もいくつか見えた。
「さすがに、入口にも見張りは配置するか……そうだよね、うん」
困っているのか感心しているのか、春菜はそう言いながらひとり頷いた。
「どうする?」レイナは不安な面持ちで春菜に聞いた。
「どうにか倒すことは出来ないか……?」
「いや~難しいんじゃないかなあ」と春菜。「そもそも相手が2、3人とは限らないし……」
確かに、あの門の外で何人待ち構えているかもわからない。うかつに飛び出すのはあまりにも危険すぎる。
「てか、どう考えたって、俺を囮にして逃げた方がよくね?」翔が低いトーンで言った。
「馬鹿言うなよ」ここまで来て、翔を見捨てたら、何のために朱音とエマを置いて逃げてきたのだ。だが、こんなところで立ち往生していたら、いつあの刃の男がまた現れるとも限らない。どうしたら――。
「……あのさ」春菜が神妙なトーンで口を開いた。
「なんと、このタイミングで、キミたちに重大発表をしたいと思います」
「重大発表? 何だ?」
何かこの状況を打破する計画が思いついたのを期待して、春菜の方を見た。春菜は言うのをためらっているのか、少しもじもじした後、口を開いた。
「――ここに来て、ワタシはキミたちを裏切ろうかな、と思います」
「は?」俺とレイナと翔が全く同じタイミングで同じことを言った。突拍子も無い重大発表に、全員が反射的にそう答えていた。
「何ていうか、やっぱり国家権力には逆らえないっていうか……」そこで春菜は一旦沈黙してから、続けた。
「さっき、あの人言ってたよね、ふたりが逮捕されるのを止めなければ、大目に見てやるって。それを聞いて、ワタシはやはり、警察側に付こうと思ったのでしたとさ」
「本気、なのか?」俺の言葉に、春菜は答えなかった。
その代わり、春菜は少しの間、両手を組んだりさすってみたり、両手の人差し指同士をつんつんとしたりしていた。ひとしきり両手をさすった後、春菜は堪忍したかのように話し始めた。
「……で、国家権力に屈したのは良かったものの、キミたちの激しい抵抗に、ワタシは思わずビビってしまった」
「え?」俺は春菜の言っている意味がわからなかった。
「このままだと勝てない。だから外に居る応援を呼ばなくちゃって思って、ここまで――」
「ハルナ、やめて」春菜が早口でまくし立てるのを、レイナが断ち切った。「そんな危険なこと……」
「どういうことだ、レイナ」
「わからない? 春菜は、自分が裏切った振りをして、私たちを逃がそうとしてるのよ」
「はは……さすがにわかりますか。お恥ずかしい」春菜はいつもの軽いトーンでそう言いながら、頭を掻いた。
「そんな方法で逃げられるかよ……春菜を囮にするなんて」
「ありがとう、楠原くん……でもさ」春菜の目が真剣なものになった。
「もし仮に捕まったとして、この中で、誰が一番生き残る可能性があると思う?」
春菜は右手の人差し指を自身の顔に向けた。
「ワタシが警察組織のルールに従うのって、普通でしょ」
それから、右手であごをさすりながら、目を閉じた。
「ルールに従っている限り、おいそれと手出しはしないはず……」
春菜は目を開き、上空を仰いだ。
「しない、よね……」茜色に染まる春菜の肩が、僅かに震えていた。
「勝手に話を進めるなよっ。他に方法が――」
「異論はきかんっ!」
「なっ……」
「それじゃ、あとは任せたよ。楠原くん」春菜は俺の肩をポンポンと叩いた。「レイナちゃん、雨宮くんも……三人でしっかり逃げてね」
春菜はニッコリと笑うと、俺が口を挟む間もなく門の外に飛び出していった。
「お――」呼び止めようとした俺の口を、レイナが手で塞いだ。「もう、止められるタイミングは過ぎた」
春菜は一度も振り返ろうとはせず、門の方へと進んでいく。俺は口を閉ざし、春菜の足取りを見守った。
春菜が入口近くの人影に声を掛けるのが見える。両手の平を胸の前でひらひらとさせ、その後、大きな身振り手振りをしながら口を動かしている。数分の後に、春菜は人影を引き連れて、俺たちが来たのとは逆の方へと移動していくのが見えた。
「俺たち、かっこわりいな……」顔を伏せてぼそりと呟いた翔の言葉に、俺は何も言うことが出来なかった。
「そうね」悔しそうに歯を食いしばりながら、レイナが答えた。「でも、ハルナが作ってくれたこのチャンスを無駄にするのは、もっと格好悪いと思う」
そうだ――このチャンスを無駄にしては駄目だ。ケガをしている翔のことを考え合わせても、一刻も早くこの建物から離れるのが、今、俺たちに出来る精一杯のことだ。
「行こう……」
「……ええ」
俺たちは翔の両脇を抱え、門の外へと滑り出る。空を仰ぐと、夕日はビルとビルの間に呑み込まれようとしていた。
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次話から「CODE:01 下」編となります。どうぞお楽しみください。




