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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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11ー5 分岐点

「クク、随分と手こずっているじゃないか……」


 扉の向こうに立っていた男の顔を見て、俺は驚愕した――昨夜の刃の腕を持つ男だ。男の足元には、重なり合って倒れている刑事たちや、流れ出した血液の跡が見える。彼らが既に息をしていないことは一目で見てとれた。こいつが刑事たちを皆殺しにしたというのか?


「お前……どうしてここに……」


「貴様はつまらん質問ばかりする」


 刃の腕の男は、そこらじゅうに倒れている男たちを、無感情そうに眺めた。


「ここに転がっているのと目的は同じだ。ただ、思想が違う」


「だったらなぜ、そいつらを……!」


「こいつらは俺に刃を向けた。俺はそれに応えた。それだけだ」男は倒れている男たちを踏みつけながら、一歩一歩、俺の方に近づいてくる。


「ヒロキ……逃げて!」レイナの叫び声が耳に届いた。


 しかし――俺は自然に、刃の男のほうへと身体を向けた。


――昨日は執拗にレイナを狙っていたが……。


 目に前に立っている刃の男は、真っすぐに俺の方を向いている。今日の標的は俺のようだ。望むところだった。


 一歩進むごとに身体の芯が熱くなり、思考までもが溶けていくようだ。身体に電流が走るピリピリとした感覚が徐々に強くなっていくのを感じる。


 こいつと闘って、勝つか負けるか……いや、どっちでも構わない。敵が複数からひとりになった。これは願ってもいないチャンスだ。ひとりが相手なら俺にも闘えるかもしれない。この男の相手をしている間に他の皆が逃げられるだろうし、もしも死んだとしてもそらのの元に行ける。どういう風に転んでも全てが丸く収まるじゃないか。


 こちらを脅してきたとはいえ、犠牲になった刑事たちには同情せざるを得ないが、このチャンスを逃す手は無い。勝算ゼロのところから、他の全員が生き残る可能性が生まれたのだから――。


 ゆらゆらと揺れる視界を感じながら、歩を進めていく。男の前までやって来ると、男は満足気に俺を見据えた。


「ククク……お前は頭がいいのかバカなのか、よくわからない人間だな」そう言うや否や、男は右腕の刃を振り上げた。


 俺はその動きに応じようとした、が――。


(何だ……? 腕の動きが……)


 俺はとっさに後ろに下がった。


「うっ……!」右腕が鋭く痛む。男の刃がかすったのだ――いつの間に……。


 昨夜は、一振りのモーションがとても遅く見えた。それは一連の準備動作に時間が掛かるせいだと思っていた。しかし、今の一振りを、俺は全く追う事が出来なかった。そんな俺の様子を見て、男は心底うんざりしたような顔した。


「遅い――全くもって遅すぎる。昨晩のあの威勢の良かった貴様は、どこへ行った?」


 刃の男は不気味な笑みを浮かべた。「これでは、すぐに貴様を殺せてしまうじゃないか……まあ、こちらはそれでも一向に構わんがな、ククク」


 俺は混乱した。どういうことだ? 昨日と明らかに勝手が違う。集中力が足りないのだろうか? 確かに、昨夜はレイナが殺されてしまう寸前という状況に大きな危機感を覚えた。だから瞬間的に集中力が高まったのかもしれない。


 もっと集中するんだ――!


 俺が立ち上がると、男は挑発するような薄笑いを浮かべた。


「さあ、使ってみろ……もっと本気で……」男はこの状況を心底楽しんでいるような口調だ。


 その誘うような口調に踊らされるように、俺はまた一歩前に歩み出た。


 そうだ、もっと本気になれ――。


 本気で、殺せ――!


 ピリピリとする感覚が一層強くなった気がした。


 俺は体勢を立て直し、再び男に歩み寄ろうとした――。


「待てよ!」その俺の手を――翔が身体ごと引っ張った。


「うわっ! お、おい……!?」


「この……馬鹿野郎が!」翔がそう言った次の瞬間、頬に強い衝撃が走った。


「ぐっ!」あまりにも突然の衝撃に、俺はそのまま地面に転がった。


 何が起きたのか、一瞬わからなかった。殴られた、のか――? 翔に?


「何やってんだよお前! レイナちゃんが言ってたことが全然響いてなかったのかよ!?」


 翔の方を見上げると、今まで見たことも無いような鬼気迫る表情をしていた。俺は初めて、翔が本気で怒っている顔を見たような気がした。そして、頬の痛みが強くなっていくのに反比例するように、霧がかかっていた思考がハッキリしてくるのがわかった。


「翔……お前……」ようやく、俺は目の前の現実を把握した。


 しかしその時には既に、男の刃が動いていた。その振り下ろし先は、翔だ。


――危ない!


 俺は翔の身体に飛びついた。


「ぐあぁっ!」翔が悲痛な声で叫んだ。


「翔!?」慌てて翔の方を見ると、左脚から出血している。男の刃が、翔の左脚をえぐったのだ。


――くそ! 一歩間に合わなかった……!


「……余計な邪魔をしてくれたな、小僧」


 翔は刃の男の言葉を完全に無視し、顔を歪めながらも翔は叫んだ。


「いい加減にしろよ! 勝手にひとりで死のうとしてんじゃねーよ!」


「翔……」


「遺されて辛いのはお前だけなのかよ? それでお前は死んで楽になって、俺だけ生きろって言うのかよ!? そりゃズルすぎるだろ!」


 今まで溜め込んできたものを全て吐き出すように、翔は叫び続けた。


「だから俺はお前の自殺なんて絶対に成功させてやんねーって決めたんだ!」


 翔の叫びは、ほぼ絶叫に近いものになっていた。


「お前が――お前まで、勝手に死んだら、俺はお前を絶対に許さないからな!」


 その悲しさと痛みが混じり合った叫びは、俺の心を深く突き刺した。俺は、俺自身の事しか見ていなかった。そらのが死んで悲しいのは俺だけではなかったのに――。


 考えてみれば当たり前のことだ。


 翔はずっと、自分の気持ちを押し殺してまで――。


「翔……済まない」


「わかったなら早く逃げろ!」


 翔がそう言い放った直後、再びあの男が刃を振り上げるのが見えた。


――やばい、このままでは。


 翔があの一撃を受けたら、間違いなく死ぬ。俺は翔の身体を上から覆うように庇った。


 刹那、金属がぶつかる音が聞こえた。


 顔を上げると、朱音とエマが、俺たちと男の間で、刃の攻撃を受け止めているのが見えた。


「アタシはまだ納得いかないけどさ、ここでオマエたちを見殺しにもできねーんだよ!」


「ここは私たちに任せて、楠原は皆を連れて逃げてください」


「貴様ら……俺の邪魔をするな!」刃の男の声は苛立ちから怒りに変わっている。


 男は憤りの表情を隠さず、朱音とエマに容赦なく刃を突き立てる。しかし、その攻撃をエマが防いだ。いつの間にか、再び右手に盾を構えていたのだ。その隙に、朱音が素早く槍をかざす。朱音の槍は真っすぐに男の肩を射った。男は少しよろめいた。


「おのれ……」男は邪魔された事がよほど気に障ったのだろう。憤怒の形相で朱音を見据えた。


「楠原、何モタモタしてんだよ! 早く行け!」


 俺は状況を確認するために、周囲を見回した。翔は隣で苦しそうに歯を食いしばっている。ひとりで立っているのもキツそうだ。春菜は銃を構えてはいるが、どれほど防御できるかは未知数だ。レイナは武器すら持っていない。


(ここは朱音とエマの言う通り、ふたりに任せるべきだ――!)


 俺は翔の腕を自分の肩に回した。


「待て……そうはさせるか」男の不機嫌そうな声が聞こえてくる。振り返ると、男の怒りに満ちた顔がそこにあった。


「レイナ、春菜、外に出ろ!」


 俺は出口にレイナと春菜を誘導し、さらに抱えていた翔をふたりに預けるように外へ出した。


「ウオォ――!」男は恐ろしい形相で俺の頭上から刃を振りかざす。


「くっ……」今の俺には、その刃を受け止めるだけの力がない。とっさの判断で、俺は左側に身を投げ出した。男の身体とは反対側に転がり込む。すぐ脇の床に、男の刃がめり込むのが見えた。


「こっちへ」エマが軽やかに俺の身体と男の間に盾を滑り込ませる。これで少しの間だけ、男の攻撃を避けることが出来そうだ。


「早く行ってください」とエマ。こんな時ですら、彼女は表情を一切変えていなかった。今は彼女の冷静さが頼もしかった。


「済まない……頼んだぞ」


 俺は持ちうる限りの力を振り絞り、外へと飛び出した。

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