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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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11ー4 分岐点

 なんだ、これは? 逮捕? こんなところで?


 レイナの方を見ると、彼女の顔は驚きと恐怖に染まり、その場に立ち尽くすしかないようだった。


「待ってください」口を開いたのは、春菜だった。


「ワタシも警察の人間です」


「ええ、もちろん存じ上げておりますよ、神咲春菜巡査殿」


 春菜の言葉にも、刑事と名乗る男は特に驚いた様子もなく、むしろ春菜のことを小馬鹿にしている気配すらあった。そして、今までの軽いノリとは一転、突如低くどすの効いた声で、刑事と名乗る男は聞き返した。「それが何か?」


 どうやら相手は、春菜が刑事だということも把握しているようだ。果たして顔を合わせてすぐに、そんなことが見破れるものだろうか。尋常ではない胸騒ぎを感じる。


「ご、誤解なんです! この人たちは報道されているような犯罪をする人たちじゃないんです! 防犯カメラの映像を再度分析すれば、きっと間違いだって――」


 気のない返事を続ける相手に対して、春菜は懸命に訴えた。


「あ~、もう君、いいよ、下がって」


 興味を失ったような、失望のような雰囲気を醸し出しながら、彼は答えた。その直後、男はいきなり手にしていた警棒を春菜の腹部目掛けて、振り抜いた。


「うぐっ!?」


 突然目の前に放たれた暴力。直後、誰もが目の前で起こった事を理解できず、声を出せなかった。水を打ったように、という言葉では足りないほどの異常な空気を孕んだ静寂が、春菜を中心にして一斉に広がった。数秒後、はっとして俺は春菜に駆け寄った。


「春菜!」床にうずくまる春菜を抱き起こす。「おい、しっかりしろ」


「げほっ、げほっ! ううう……」


 かなり強く殴られたらしく、春菜は腹を抱えたまま苦しげにうめいている。


「あのさあ、君がちゃんと仕事をしないから、俺たちが来ることになったんでしょうが」


 そう言い放つ男の目を見て、俺は身震いした。その目には明らかに愉悦が宿っている。


 同僚であるはずの春菜に対し、何の迷いも無く暴力を振るう目の前の男。


 楽しんでいるのだ。この状況を――こいつは、人間としてまともじゃない。


「くっそ、何しやがるんだ!」朱音が憤りの表情を浮かべ、一歩前に出ようとする。それをエマが素早く押さえた。


「朱音、待ってください。ここで私たちが暴力を振るったら、さらに立場が悪くなってしまいます」


「へえ、話がわかる人も居るみたいだね」刑事を名乗る男が不快な音色の口笛を吹いた。「そうそう、俺たちに逆らわないほうが身のためだよ」


 背後の男たちが一斉に、警棒や銃を取り出し始めた。


「君たちはこのふたりのお友達かな?」刑事を名乗る男が、エマや朱音の方を見て尋ねた。


「……だったら、どうするんだよ?」と朱音。


「まあ、どうもしないな。君たちが抵抗しても構わないけど、こちらもそれなりの対応はすることになるよね」


 刑事を名乗る男が不気味な笑みを浮かべた。


「そのせいで、ここで何かが起こって、君たちがどんな目に遭ったとしても――正当防衛でやむを得ずってことで、我慢してもらうしかないけど」


 刑事を名乗る男は、もはや狂気すら感じる微笑みを浮かべながら、そう言い放った。俺たちが動揺しているのが面白くて仕方がないのだろうか。さすがの朱音も言い返すことが出来ないようで、口を噤んでいる。


「それは、私たちを脅してるの?」代わりにレイナが歩み出た。「もし抵抗すれば、殺すことも厭わないと……?」


「解釈はご自由に」


「くっ……」


 刑事と名乗る男たちは、それぞれ手にした武器を構え、俺たちがどう動くのかを待ち構えている。扉はこんなに近くにあるのに、外に出るまでの距離がとてつもなく長く感じられる。一体、どうすればいいんだ――?


「誰か――! 誰か来て――!」突然、春菜が辺りに響き渡るような大声を上げた。確かに、人目をこちらに向けられれば、目の前の男たちは動揺するかもしれない。


「あ~ちなみに、学内の皆さんには、敷地外へ避難して頂きました。構内に有害ガスが漏れてるってことで、当分ここには誰も近づきません」


 微かな期待は、男の言葉によってすぐに打ち崩されてしまった


「そんな……」レイナの顔がより一層恐怖で引きつっている。


 ここでひとつ、はっきりとわかったことがある。彼らは周到に回りを固めた上で、俺たちの目の前に現れたのだ。確かに俺とレイナは警察から指名手配をされている。しかし、人を傷つけたり殺したりするような重罪を犯した訳ではない。周囲に危害を加えるような武器を手にしている訳でもない。そんな容疑者に対して、ここまで強硬な手段を取るだろうか?


――何かがおかしい。


 得体の知れない胸騒ぎがどんどん強くなっていく。黙り込んだ俺たちを眺めながら、男はニヤニヤと笑みを浮かべた。


「とにかくさ、こっちとしては、そこのふたりを引き渡してもらえれば何の問題も無いわけ」


 刑事を名乗る男は、春菜の方を見下ろした。その目には呆れと失望が入り混じっているように見え、それを隠そうともしていない。


「そこでうずくまってる巡査殿も、まあ今回だけは大目に見てあげよう。これ以上、邪魔しなければね」


 刑事を名乗る男は周囲を見回した。「それ以外の皆は……そうだな。ここであった事は忘れて、明日からいつも通りの生活に戻る――ってのはどうかな? 君たちにとっても、最善の選択だと思うけどね」


 確かに、他の皆を危険にさらすことはしたくない。しかし、ここで警察に捕まってしまえば、そらのの真実を追いかけることが出来なくなってしまう。


「あのー、すんません」ここで翔がゆるやかに手を上げた。


「……何かな?」刑事を名乗る男が少し苛立たしげに答えた。


「ちょっとだけ時間もらってもいいですかね? 俺たちも考えたいことが色々あるんで」


「ふむ……」翔の申し出に男は少し考える素振りをしていたが、やがて頷いた。


「そうだな、じゃあ五分だけ時間をあげよう。君たちが損得を正しく判断できるよう、願っているよ」


 背を向けながらそう言うと、男は軽快な足取りで扉の外へ歩いて行き――そして扉を閉めた。すかさず、レイナが扉の取っ手の付け根に備えられているかんぬき型の鍵を落とした。

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