11ー3 分岐点
「あの日も、メンバーが帰ってから色々なファイルを調べてたの。そうしたら――さっきの、私の名前が書かれたレポートが見つかった。私を、あの実験の首謀者にするためのね」
レイナはその時のことを思い出したのか、軽く身震いした。
「一刻も早く、ラボから離れるべきだと思ったわ」
「ふん……逃げるのはともかくとして、あのチップはどうやって手に入れたんだよ?」と朱音。
「確かに、正面から持ち出すのは不可能――でも、ひとつだけ方法を見つけたの。マイクロチップを保存しているラボには、出入り口以外に、唯一外へと繋がる小さな通気口がある。大の大人が通るのは無理だけど、私の身体ならギリギリ通れると思った」
レイナは両手を広げて、自分の身体全体がみんなに見えるような素振りをした。
「私は計画を実行に移すため、ラボの図面を手に入れ、出る地点を予測して、事前に通れる事も確かめ、マイクロチップを隠すための装置も作って、万全の体制で臨んだ」
レイナは胸ポケットに挿したペン型の装置を指で撫でた。「そしてあの日、私は実行した。通気口から外に抜け出すまでは何の問題も無かった。順調すぎるくらい」
そこでレイナはため息を吐いた。「一般区域に出た途端、警報が鳴り出すまではね……」
「それってもしかして、俺たちの……?」
「ええ」レイナは俺と翔を交互に見た。
「私はてっきり、自分がマイクロチップを持ち出したせいかと思った」
レイナは不敵な笑みを浮かべた。「でも、見知らぬ人が警備員に追われているのを見つけて、ひらめいた」
「もしかしてこの人もJCOの秘密を何か握って追われてるんじゃないかと思って、咄嗟に声をかけたの。それがあなたよ、ヒロキ」
「そうやって持ち出したマイクロチップが今、俺の中にあるという訳か」俺は首筋にそっと掌を当てた。
「Paz62強制発現マイクロチップ――それがそのチップの正式名称」
Paz62……報告書の中で見た名前だ。
「Psi-Activation-Zone――生物に秘められた能力を発現させる遺伝子と思われるDNA領域のことを、JCOでは総称してこう呼んでいた。Pazとはその略称よ。Paz62とは、62番目に発見された、Pazと思われる領域、という意味。この研究は、あくまで代謝活動を飛躍的に高めるPazを発現させて、治癒能力を高める効果のみを目的とするということで、JCOとは同意してたの」
レイナは右手を握りしめ、自身の右ふとももを叩いた。
「でもまさか、私の研究結果を使って、裏で生身の人間を実験動物のように扱う研究が動いていたなんて……!」
レイナの声は震えている。それを朱音は厳しい視線のまま見据えている。
「あくまで自分は関係なかったって言い張るつもりなのかよ?」朱音の声にはまだ疑念がこもっている。
「私の研究した技術が使われている以上、全くの無関係だったとは言えない」
レイナは唇を噛んで、両腕をぶらりと下ろした。
「……ごめんなさい、本当に。私はその事に気付けなかった……知らなかったの」
「知らないで済ませられるかよ!」朱音はレイナに詰め寄った。
「オマエの研究のせいで、どれだけの人たちが犠牲になったと思ってるんだよ!」
「おい、朱音……」
「楠原は黙ってろよ!」鋭い視線とあまりの剣幕に、俺はその場に立ち止まった。
「レイナ、オマエがもっと早く気付いていれば、奴らの怪しい動きを止めることだって出来たはずなんだ!」朱音はレイナに食いかかった。
レイナは朱音の激しい視線を受け止めながら答えた。
「……そうね。私がもっと、早く気付くべきだった」
「もう遅いんだよ!」朱音は悲痛な叫びを上げた。「あいつらに殺されたんだ! アタシの父さんも!」
朱音の告白に、俺たちは息をのんだ。父親が殺された?
「それに……!」朱音はそう言うと、エマの方を向いた。だが、すぐに視線を逸らす。
「……とにかく、アタシは奴らを絶対に許さない」レイナを掴んでいた手を離した朱音は、その手でレイナを指差した。「オマエのこともな、レイナ」
「……ごめんなさい、アカネ」
レイナの言葉をシャットアウトするように朱音はレイナから視線を外し、俯いている。また重たい空気が場を支配しようとしていた。
「あの、さ……ワタシ、思うんだけど」ふと、春菜が呟いた。
「ふたりとも事情が色々あってさ、何が正解かってのはワタシにもまだ良くわからない。でもさ――」春菜はレイナと朱音を交互に見た。「こうして出会ったことには、意味があると思うんだよね、ワタシは」
「出会った意味、か……」俺はそらのに再度出会うことになったこと、そして、レイナと出会ったことについて考えていた。
それらのことは、確かに無意味なものだったとは言い難い。少なくとも、俺にはそう感じられた。
「今起きてる良くないことを止めたいってところでは、みんな一致してる訳でしょ?」
レイナと朱音は無言のままだったが、春菜の話に耳を傾けている。
「そんなワタシたちが今ここに集まってる」春菜は満面の笑みで言った。「偶然だけど、きっと意味があることなんだよ」
「春菜ちゃん、いいこと言うな!」翔がここぞとばかりに追撃した。
「ふふ、でしょ?」
このふたりが口を開けば、どんな話題だって明るくなるように聞こえるのもまた不思議だった。
「悪いけど」だが、朱音はレイナを睨みながら言った。「オマエを仲間だとは認められない。オマエはアタシたちの敵だ」
「目指す目的が同じでも?」とレイナ。
「……そうだ」
レイナも朱音も、苦い表情でお互いを見つめている。どちらの言い分も理解できるだけに、どう声をかけていいかわからない。
「レイナ」エマが朱音を守るようにレイナの前に立ちはだかった。「ここでお別れです」
「エマ……」
「あなたは完全な悪者ではないのかもしれない。でも、朱音を苦しめる存在なのは確かです。これ以上、一緒に行動するわけにはいきません」
エマの口調は相変わらず淡々としており、明確にレイナへの拒絶を示した。
「…………」レイナは黙り込んでしまった。
「ちょっと! 楠原くん!」春菜が耳元に唇を寄せてささやいてきた。「ヤバイよこの空気! キミが何とかしてよ」
「えっ、何とかって……」
「今、ここでごちゃごちゃモメてる場合じゃないんだよね? みんな仲良く協力する方法を考えてよ」
確かに、春菜の言うことにも一理ある。
軽々しく声をかけられる状態ではないが――俺は深呼吸をしてから、口を開いた。
「朱音やエマの気持ちもわかるけど……俺は、レイナを信じてみようと思う」
「ヒロキ……」
「レイナは俺を助けてくれたんだ。そらのの手がかりを探すことにも協力してくれてる。ずっと一緒に行動してきた俺には、それが嘘や打算から来てるとは思えないんだよ」
俺の言葉を聞いた朱音は、苦い顔をした。「結局、楠原はコイツの味方なのかよ」
「味方とか敵とか、そういうことを気にしている場合じゃないだろ。ここにいる全員で協力しないと、あいつらを止めることなんて出来ない、違うか?」
朱音は無言を決め込んだ様子で、その場に座り込みふて腐れているが、隣で春菜はうんうん、と頷いている。
「ヒロキ、ありがとう……」レイナは安堵した表情でそう言った。
俺はレイナに声を掛けようとした――その時だった。不意に、乱暴に記念館入り口の扉が開かれる音が響く。ここの生徒か教授が現れたのか――いずれにせよ、俺たちの姿を見られることはあまり好ましくない。
「はいはいはい、君たち動かないでね~」
そう言って入ってきたのは、ひとりの男だった。体躯のがっしりとしているその男は、眼光鋭く俺たちを見回した。開かれた扉の向こうには、スーツ姿の男たちが何人もたむろしているのが見える。全員、一瞥しただけでただならぬ威圧感が伝わってくる。明らかに学生や教授という感じではない。
「何ですか? これは」俺の質問にリーダー格の男が気さくに答えた。「ああ、俺たちはこういう者なんだけどね」
男はMRDを操作し、目の前にARディスプレイを表示させる。そこには、男が刑事であることが記された身分証明書が表示されている。
「けい、さつ……」
「そうそう」
なぜ、警察がここに居る?
なぜ、俺たちの居場所がバレている?
疑問は次々に浮かぶが、まずはこの場を切り抜けなければならない。
「君が楠原裕樹くんね、で、折笠レイナさんは、こっちね。はいはいはい」
リーダー格の男は俺とレイナのふたりを両手でそれぞれ指差した。
「それじゃ、君たちふたりを逮捕します」




