11ー2 分岐点
俺たちは車を降り、大学の門をくぐる。先へ進むといくつかの校舎が見えてくる。建物はどれも、最先端の技術を扱うにふさわしい、洗練されたデザインのものだ。俺たちの通っている大学には、まだ配管むき出しのオンボロな建物も残っていることを思い出し、さすが最先端の研究を行う大学院は違うな、という印象を抱いた。
「ここの、記憶情報解析研究室というところに居たの」
レイナは懐かしそうに語り出した。馴染みのある建物を目にしたことで、少し元気を取り戻したようだ。
「あの頃はマコト先生と一緒に研究に熱中して……とても楽しい時間だった」愛おしむような、やさしい口調でレイナは言った。
「マコト先生?」
「東耶眞先生。記憶情報解析研究室の教授だった人よ」
「げっ」翔は驚いた様子でレイナの方を振り返った。「東耶眞って、あの東耶眞か!?」
「翔、お前その教授のこと、知ってるのか?」
「いやいやいやいや! 知ってるも何も、東耶眞といえば今のe-MemoryやらMRDやらの基盤技術を作った研究者だろ」翔は興奮を抑えきれないようで、早口でそうまくしたてた。
「ええっ、そんなすごい人なのか……」
「っていうか、お前も講義で習っただろが!」翔はツッコミの要領で右手で俺の肩を軽く叩いた。言われてみれば聞いたことがある名前のような気もする。
先を歩いていた朱音と春菜が振り返って、呆れた視線を俺たちに向けた。
「おい、何をごちゃごちゃ言ってるんだ?」朱音はいっそう不機嫌になっているようだ。
「レイナさん、もう先に行っちゃったよ~?」と春菜。俺と翔が話をしているうちに、レイナは既に随分先を歩いていた。後ろから来たエマが、軽く俺たちの背中を叩いた。「ぐずぐずしている時間はないですよ」
「ああ、そうだな」俺たちは早足でレイナの後に続いた。
目的の記念館は、ロビーの向こう側の奥まった場所にあるらしい。人目を避けるためにロビーをそのまま通ることはせず、建物の右側から回りこんで行くことにする。
「止まって」前を歩いていたレイナが不意に振り返り、俺に顔を近づけてくる。
「向こうから人が歩いてくる。ヒロキと私は顔を見られないほうがいいわ」
確かに、大学院生とおぼしき男子たちが連れ立って歩いてくるのが見えた。俺も俯いて、外から表情がわからないようにする。翔や朱音たちは自然な様子で俺たちを隠すように取り囲み、話を始めた。
「でさー、あの遺伝子工学のレポートはもう書いたのかよ?」翔のとっさのアドリブに、朱音がたじろいだ。
「あ、ああ、あれな。まあまあの出来じゃね?」
朱音の言葉にエマが続く。「朱音に不可能という文字はありません」
「さすがだね!」春菜がぎこちない笑顔で言った。「次のゼミまでまだ時間あるから、お茶しよっか?」
大学という場所に馴染んでいるとは言いがたい面々も交ざっているが、何とかそれらしい会話を繋げてくれている。そのおかげで、どうやら見咎められずに済んだようだ。
「よーし、誰も居なくなったぞ」学生たちが角を曲がっていくのを確認して、俺は合図した。
「今のうちに、さっさと移動しましょう」レイナの言葉に一同はうなづき、記念館の方へと向かっていく。
やがてレイナはある建物を指差した。「あれよ」
レトロ風の洋館のような外観だが、建物自体は真新しいものに見えた。これが記念館ということのようだ。
前近代的な重いスライド式の二枚扉を開けると、正面に展示物が並んでいる区画が目に入る。右側には大きなARディスプレイで映像を流している区画があり、その奥にも何らかのコーナーがあるようだ。細い天窓から光が降り注ぎ、ほんのりとした明るさが室内を包んでいる。平日の昼間ということもあってか、人の姿はない。
「こっちに来て」
俺たちはレイナに促され、ディスプレイが設置されたコーナーに向かった。いくつかの画面に、歴代の功績のある人物や研究室の情報が表示されている。そのうちの一角は、どうやら全て東耶眞教授関連の展示で占められているようだ。この大学にとって、東耶眞という人物はかなり重要な存在であることがわかる。
「これが、マコト先生よ」展示のディスプレイに飾られている1枚の写真をレイナは指差した。
近付いて見てみると、白衣を着て穏やかな笑みを浮かべた中年男性と、その隣に硬い表情の少女、そして何人かの研究生が写っている。
「この、マコト先生の隣に居るのが私」
幼いが、確かに今のレイナの面影はある。
「確かにお前の顔みたいだし、偽造も出来なさそうだけど……」朱音はまだ満足していないのか、ふて腐れた様子で言った。「五分五分ってとこだな」
「私はここで、マコト先生の研究を手伝っていた」レイナは、記憶情報解析研究室の成り立ちを映し出した画面に歩を進めた。
「脳内の膨大な情報をどういう手法で保存するのか、実験に実験を重ねて、データを一つ一つ積み重ねて……毎日毎日、ディスプレイやホワイトボードと向き合って、マコト先生と意見を交わした。とてもスリリングな研究だったわ」
「レイナが何歳の時の話だ?」
「十二歳の頃からで、二年間ね」レイナは懐かしそうに一瞬微笑んだが、不意に真剣な表情になった。
「ここに居た頃は、ただ、e-Memoryの仕組みをモノにすることに夢中だった。脳全体の情報量はとても大きいから、それを記憶媒体に保存する時、どう符号化すれば圧縮率が高くなるのか、そのアルゴリズムをマコト先生とふたりで夜通し考えたわ」
「じゃあ、今のe-Memory技術の基盤は、東耶教授とレイナが作ったのか?」
「そうとも言えなくもない、かな」そう答えるレイナは、少し恥ずかしそうに身をよじった。
「ほとんどの致命的な問題は、マコト先生が解いちゃったから」
「……でも」レイナの表情はまた曇っていった。「マコト先生は三年前に病気で亡くなってしまった」
「その時に言われたの」レイナは俺たちに背を向けた。「私が居なくなった後は、この研究を正しい目的のために――この研究で救える人たちのために使って欲しい、って」
「レイナは、教授から信頼されてたんだな」
「それなら嬉しい」レイナは力なく笑った。「でも……先生は……」
そう言ったきり、レイナはしばらく黙ったまま東耶教授が映る画面を見つめていた。
「JCOとの繋がりが出来たのは、東耶教授が亡くなってからか?」
「……そうね」レイナは何かを断ち切るように勢い良くこちらを振り返って頷くと、再び話し始めた。
「マコト先生が亡くなってすぐ、JCOの研究グループに声をかけられた。“この研究を生かして、国民のための機関を作りたい”って言われたの。それで、JCOの研究セクションに通うことになった。今、そこはコネクトセンターの一部になってる」
「疑いを持つことはなかったのか」追い込んでしまうような質問をしてしまっていることに、俺は罪悪感を覚えた。だが、疑念を晴らすためには、レイナの素性を明らかにする必要があるのだ。
「研究内容は当初、e-Memoryの仕組みを汎用化させることだった。亡くなってしまった人と会話が出来るようになる、コネクトというアイディアは面白いと思った」
「それに」レイナは腕組みをして、壁にもたれかかった。「JCOは独立行政法人だったというのもあって、特に怪しいとは思わなかった。今思えば、浅はかだったわね……」レイナは悲しげに笑った。
「コネクトを実現するプロジェクトが一段落した後は、色々と新しい分野に手を広げて、医療技術に関する研究にも参加していたの。元々、JCOには様々な研究プロジェクトがあったから。新しい分野に挑戦するのはとてもエキサイティングだったし、周囲で働く人たちもごく真っ当に見えた」
レイナが静かに目を閉じた。当時に想いを馳せているのだろうか。
「コネクトを作った時と同じく、肉親や大切な人を失いたくないと願う人たちを救う研究だと信じて取り組んできた。きっとマコト先生も喜んでくれるだろう、って」
「あくまで純粋な気持ちで信じてたんだな」
レイナは、悲しげに目を伏せた。「ええ。先月のある日まではね……」
「あの、ヒロキに説明したマイクロチップ……」レイナはもたれかかっていた壁から離れ、俺の方へと向き直った。「元々は一枚じゃなかったの」
「最初は三枚あった。けれど、そのうちの二枚が紛失したの」
「何だって」
横に居る翔にもピンときたようだった。「おいおい、もしかしてそれって――」その言葉に俺も続く。「JCOの中の誰かが盗んだ、っていうのか?」
俺たちの問いに、レイナは頷いた。
「重要な研究の成果物なのよ? もちろんセキュリティーは厳重で、簡単に盗めるようなものじゃない。持ち出すことが出来るとしたら内部の人間にしか出来ないの」
「それで、犯人は……見つかったのか?」
「もちろん犯人を捜そうとしたけど、上層部には自分たちが調査するから君は研究に集中しろと言われた。けれど彼らも、結局は何の痕跡も見つけられなかった」
レイナは深い溜息をついてから、身体の中にある何かを吐き出すかのように言った。
「最初に疑ったのは、産業スパイの存在。他の企業にマイクロチップの情報を渡そうとしてる誰かが居るんじゃないかと思ってた。だから、自分でその証拠を見つけてやろうとした」
「見つけるって、どうやって」
「他のラボメンバーが帰った後に、こっそり他の人のパソコンにアクセスして、メールやレポートを盗み見してた」
「ヤベー。俺、レイナちゃんに親近感が湧きそう」翔は変なところで共感していた。
「キミたち、どっちも犯罪だからね。一応」呆れ気味に春菜が言った。それを聞いてレイナは肩をすくめた。「もちろんわかってる」
「でも、あのマイクロチップはまだ開発途中だったし、何にどう使われるのかわからない状態なのは怖かったから」
レイナは両腕で自身の身体を抱くような姿勢を取った。「そして――あの日がやってきた」
「あの日?」
「ヒロキがあの場所を訪れた日のことよ」
背筋に緊張が走った。




