11ー1 分岐点
車が走り出した後も、車内は重苦しいばかりの沈黙に包まれている。
運転席のエマと助手席の朱音は、どんな表情をしているのだろう。春菜は時折心配げに俺たちの顔を見回し、翔は敢えてそうしているのか、我関せずといった様子で再びキーボードを叩いている。
そらのは自分のことでも無いのに、ひどく落ち込んだ様子だった。これ以上、そらのにあのようなやり取りを見せるのは、あまりにも忍びなく、一旦MRDとの接続を切っている。そんな中――隣のレイナをそっと覗いてみると、レイナは唇を噛み締めてじっと何かを考えていた。
レイナがJCOの人間だった――その事実を、にわかには信じられないでいる。だが、初めてレイナと出会った日のことを思い出してみると、レイナはやけにコネクトセンターの建物や内部事情に詳しかった。何より、記憶に関して多くの知識を持っていることや、開発途中というマイクロチップを所持していることを考えれば、信じがたいことではあるが、一方で納得している自分が居るのも事実だ。
ふと、レイナが俺のほうを見て「不安にさせてごめんなさい」と言った。
「ヒロキにも皆にも、ちゃんと話しておくべきだったわね」
俺はレイナにどう答えて良いのかわからなかった。車内は再び、沈黙に包まれた。
「やー……えーっと……」春菜が何かもごもごと呟き始めた。「そうだ! 放送! 配信放送でも観よっか」
重苦しい空気を変えようとしてか、春菜がARディスプレイを起動した。唐突に、俺とレイナの顔が大写しにされた画面が目に入る。
「楠原容疑者と折笠容疑者は、昨夜起こった符中駅爆発事件にも関与しているのではないかと見られています」
「何でもかんでも俺たちのせいにされてるぞ……」
コネクトセンター侵入容疑だけでなく、さらに新しく容疑が追加されている。状況はいっそう悪くなっているようだ。朝はクラッキングに夢中で聞いていなかったのか、翔が目を点にした。
「えっ、裕樹とレイナちゃん、容疑者になってんのか? なんで?」
翔だけ一周ほど話題に取り残されていた。
「えっと、チャンネル替えちゃおっかな~」春菜は慌てて別のチャンネルに替えた。
映像が切り替わった瞬間、俺は息を呑んだ。そこには、黒田の姿があった。場所はコネクトセンターの入口前のようだ。映像の右上には「生放送」というテロップが表示されている。
「こうした犯罪が起こってしまった以上、記憶データの管理体制にも問題があったと認めざるを得ません。その件につきましては、心配をお掛けした皆さんに深くお詫び申し上げたい」
多くの報道陣に囲まれた黒田が、お詫びの言葉とともに深々と頭を下げた。その後、頭を上げた黒田の目には強い光が宿っていた。
「しかしながら、私はこのような事態を招いた人間に一言物申したい」
黒田はディスプレイに映されている映像元となるカメラの方を真っすぐ見据えた。
「楠原裕樹くん、君にだ」映像を見る俺の視線と、カメラを見る黒田の視線がはっきりと合った。得体の知れない気味の悪さを感じ、胸の鼓動がひときわ強くなる。
「君のしていることは、故人や遺族を愚弄する浅ましい行為だ」黒田はさらに語気を強めた。「私は君を、絶対に許さない。どこに居ようとも、必ず見つけてみせる。必ずだ」
力強く放たれた言葉に、場の空気が張り詰めていくのを、映像越しに感じる。数秒間、誰も言葉を発さなかった。黒田だけでは無く、その場に居る全員から敵意を向けられているような気さえした。自分が追われているということに、実感が湧き、同時に恐怖した。それが、黒田の目的だとわかっていても、恐怖心を打ち消すことは出来なかった。翔や春菜も、さすがに言葉を失っている。
その後、報道陣からは無難な質問がいくつか投げかけられた。黒田はそれに淡々と答えていき、やがて、ニュースキャスターの居るスタジオが映し出された。男性のニュースキャスターが事件についてコメントした後、再び映像が切り替わる。
「あなたとあなたの大切な人とを繋ぐ、コネクトセンター。これからも、皆様のすぐそばに」流れてきたのは、コネクトセンターのCM映像だった。
「私たちは日夜、人類の幸せのための研究を進めています」平和なジングルが鳴り、画面にはコネクトセンターのロゴマークが映されている。
明らかに表向きに作られた清潔感のあるCMは、もはやひどく悪趣味な、嫌悪感を覚える映像にしか見えなかった。
ARディスプレイに映る映像を無言で見つめているレイナは、いま何を考えているのだろうか?
レイナは本当に実験の詳細を知らなかったのだろうか?
コネクトセンターで俺を助けたのは本当に偶然なのだろうか?
いつの間にか、再びそんなことを考えている自分が居た。
「くそ……」レイナを信じてもいいのか?
そのとき、突然俺のMRDに通信申請が来た。
「だ……誰?」春菜が怯えた声で言った。車内に緊張が走る。
しかし、着信画面を見た俺は、胸を撫で下ろした。
「葵さんだ」
「葵さん? って、誰?」
「そらののお姉さんだ」
「なーんだ、葵さんか」翔も肩をなでおろした様子だ。翔が安堵の溜息を吐いたのを聞きながら、俺は通話ボタンを押した。
通信画面に葵さんの心配そうな表情が映し出された。「……葵さん」
「裕樹! 今どうしてる? 無事なの?」葵さんの声は切羽詰まった色を帯びている。きっと指名手配の件を知って慌ててかけてきたのだろうということは、容易に想像がつく。
「犯人扱いなんてされて、もしかしたら、早まったことをしてるんじゃないかと思って……」
「……俺のことなら大丈夫です」
「ニュースでは、あなたたちがコネクトセンターに入り込んだり、符中駅前で爆発事件を起こしたりしたって言ってたけど……」
「ああ……あれは誤解です」
「そう。そうよね。良かった」葵さんが受話器の向こうで息をつくのがわかった。随分心配をかけてしまったのだと、申し訳ない気持ちになる。
「レイナさんは?」
「一緒です」
「ふたりとも、今は安全な場所に居るの?」
「はい。他の信頼できる人たちも一緒に居ます」
「……そう。良かった。しばらくはあまり動き回らない方がいいね」
「そうするつもりです」
「何かあったら助けに行くから、すぐに連絡してね」
「ありがとうございます。……あの、すみませんでした」
「どうして謝るの?」
「俺、葵さんに心配ばっかりかけてますよね」
「そんなことは気にしなくていいから。くれぐれも気をつけてね」
「はい。じゃあ、また連絡します」
通話を切ると、話を聞いていた春菜が明るく言った。「そらのさんのお姉さんって、いい人なんだね」
「そうなんだよ」翔が自慢げに答えた。「昔からクッキーとか作ってくれたり、宿題教えてくれたり、めっちゃ世話になってるんだ」
「あ……」思わず出た声に春菜が反応した。「ん? どうしたの?」
「そらのにも話を繋げば良かったと思って。葵さんもきっと話したいだろうから」
「でもさー、あんまり俺たちの悪事を大っぴらにするのもどうかと思うぞ」
「自分で悪事って言うなよ」
しかし、翔の言うことにも一理ある。どうしてそらのと話せるようになったのか、葵さんに説明するのはややこしい。それに、いきなりそらのと引き合わせても、混乱させてしまうかもしれない。
「後で時間が出来たら、また連絡してみるか……」
「おい、レイナ。ここか?」朱音の声が聞こえると同時に、車中のARディスプレイの映像が切り替わり、フロントガラスの映像が映し出される。フロントガラスの向こうに、広い門と、白っぽい建物が見えてくる。
「ええ……ここよ」レイナが答えると、エマたちは大学近くの目立たない場所に車を停めた。




