10ー3 Paz
竜泉寺さんは俺の表情から意図を読み取ったのか、無言で頷いた。俺は自身のMRDを操作する。直後、俺の隣にはそらのの姿がふわりと現れた。今回は等身大のサイズだ。
「あれ? ヒロくん?」
「突然呼び出してごめんな、そらの……ちょっと紹介したい人が居てさ」
「紹介したい人? わたしに?」
「ああ、竜泉寺さんという人だ」
そう言って、俺は竜泉寺さんの方へ手の平を向ける。竜泉寺さんは目の前に立つそらののホログラムをじっと見つめている。
「えっと……はじめまして」そらのは少し困惑した様子だったが、おずおずと挨拶をした。それを聞いた竜泉寺さんは少し戸惑うような顔をした後、落ち着いた声で尋ねた。
「君が、そらのくんか」
「……はい」
「君は、自分がどういう状況なのかはわかっているのか、というのは、その……」
竜泉寺さんは、どういう表現をすべきかと思ったのだろう。言葉を詰まらせた。
「……わたしが、既に死んでしまって、そのために今こうなっている、ということは理解しています」
そらのは、竜泉寺さんの言葉を引き継ぐ形で答えた。
「そうか……わかった」竜泉寺さんは咳払いをした。「では、単刀直入に聞こう。君に会うために、楠原くんがコネクトセンターで不正アクセスをした。それは本当か?」
「えっと……」そらのは人差し指を口につけて、少し考えていた。「すみません、わたしにはちょっと、難しいことは良くわからないんです」
「でも」そらのは背筋を伸ばしてそう言った。
「今、わたしには自分でも思い出せないことがたくさんあって、ヒロくんは、その理由を知ろうとしてくれているんです」
そらのは俺の方を見た。目を合わせると、そらのは微笑んでくれた。
「そのために、ヒロくんや翔くん、そしてレイナちゃんは動いてくれているんです」
そらのは目線を再び竜泉寺さんの方へと向ける。その表情からはそらのの強い意志が読み取れた。
「ヒロくんなら、きっと全てを解決してくれる。そう信じてます。そして出来る限り、力になってあげたい」
そこでそらのは目を閉じて、祈るように言った。「わたしはそう思っています」
それは俺の予想もしていなかった言葉だった。目の前に居る、記憶データとなったそらのが自ら考え、そして決心した言葉なのだ。俺も、そらのの言葉が無駄にならないように尽くさねばならない。
「そらののことを隠していたのは謝ります。ですが、あと数日でそらのの記憶は電葬されてしまうんです。そうなったら、そらのの最期に何があったのか、知るチャンスも完全に失われてしまう。だからせめて、最期に何があったのか、知っておきたいんです」
俺は竜泉寺さんの目を真っ直ぐ見て、その目の奥にある竜泉寺さんの心に語りかけるように言った。「じゃないと、一生後悔すると思ったから……」
それから俺は、両肩から真っ直ぐになるように、両腕をピシッと伸ばし、姿勢を正した。
「竜泉寺さん、お願いします! 数日間だけで良いんです。この件が終わるまで、俺たちのことを、見逃してくれませんか。その後は、逮捕でも何でも好きにしてくれて構いません」
俺は出来うる限り深く、竜泉寺さんに向かって頭を下げた。「お願いします、竜泉寺さん!」
竜泉寺さんは暫く黙っていたが、やがて、軽く溜息をついた。
「……警察として、君たちのやり方には賛同できない。守るべきルールを侵しているからな」そう言うと、竜泉寺さんはまた、溜息をついた。
「だが、この事件の闇を完全に払うためには、多少のルール違反はやむを得ないのかもしれない」
「それじゃ……」
「見逃すわけじゃない」竜泉寺さんは鋭い口調で言った。
「だが、この件に関しては、全てが解決するまでいったん保留にしておいてやる」
そう言った後、竜泉寺さんはにやりと笑った。
「君たちは君たちのやり方でやればいい。俺たちは俺たちの方法で捜査する」
「それって実質、見逃してることになるんじゃ……」
「好きに解釈しろ」
緊張していた足の力がフッと抜けていくのを感じる。
「師匠~! ワタシ、師匠のこと信じてましたよ!」
背後から春菜の声が聞こえたので振り返ると、いつの間にか、他の皆が車から降りてきていた。
「春菜が竜泉寺さんと俺の間に入ってくれたおかげだ」
「え~? やっぱり? やっぱりそうかな~?」春菜はすぐに調子に乗っていた。
「神咲、お前には後で話がある」竜泉寺の言葉で、春菜の笑顔は一瞬にして真顔へと変化した。「うわぁ! 絶対怒られるやつだぁ~……」
「ありがとう。信じてくれて」レイナも竜泉寺さんに感謝の言葉をかけた。
「あまり大人を買いかぶらない方がいいぞ。俺は、俺の目的に君たちが利用出来ると思っただけの、あまり善良でない刑事だからな」
「竜泉寺のオッサン、ものわかりが良くて命拾いしたな」朱音は相変わらず失礼な物言いだった。
「つべこべ面倒くせーことを言いだしたら」朱音が手にした槍のようなものをぶんぶんと振り回した。「アタシの槍をお見舞いしてやろうかと思ったのによ」
「また話がややこしくなりそうだから止めてくれ……」竜泉寺さんの耳に入ったら、面倒なことになりそうだ。
「ちなみに、しっかり聞こえてるぞ」と竜泉寺さん。
「へへ、冗談だよ」朱音と竜泉寺さんは互いに笑い合った。このふたり、意外と相性はいいのかもしれない。
「とりあえず、皆さん一度車内に戻りましょう」エマがアジトのトラックの方を指差しながら言った。「そろそろ移動した方が良いと思いますので」
「確かに、一箇所にとどまるよりも、場所を点々として相手をかく乱させたほうが良いよね」春菜はまるで逃亡中の連続殺人犯のようなことを言った。
「僕たち警察がその意見っていうのはどうなの?」米倉さんはまた苦笑した。
各々が意見を言いながら、朱音のトラックの方へと歩いていく。竜泉寺さんにそらのの件を打ち明けたのは賭けだったが、そらのの言葉の助けもあって、結果的にはうまくいったようだ。
そらのの方を見ると、そらのは心なしか不安げな表情を浮かべていた。
「あれで、大丈夫だったかな……。わたし、状況がよくわかってなくて……ちゃんと、説明できてたのかな」
そう言ってから、そらのは竜泉寺さんのことを指差した。「あの竜泉寺さんっていう人、すごく怒ってた風に見えたけど……」
そらのが他人に言ったことを後々まで気にするのは珍しい。とはいえ、さっきの竜泉寺さんは一触即発の状態だったから、無理もないことだろう。
「ごめんな、急に呼び出したりして。でも助かったよ。そらのの言うことに説得力があったから、竜泉寺さんも考え直してくれたんだ」
「そう……? ならいいんだけど」
そらのはまだ何かを考えるように首を傾げていたが、「きっと、わたしじゃなくて……ヒロくんが一生懸命だったからだよ」と俺に微笑んだ。
「ヒロくんがあんなに本気になったとこ、初めて見た」
そらのに言われて気付いた。確かに、あんなに本気で誰かに意見を言ったことなんて、生まれて初めてかもしれない。そういえば、誰かに本気で頭を下げたのも、初めてのことだ。
「ありがとね、ヒロくん」
「いや、俺は別に……。先にそらのが色々言ってくれて、それで背中を押されたというか……」
改めて面と向かって礼を言われると、気恥ずかしい。俺の言葉はそのまま尻すぼみになってしまった。
「どうしたの、ヒロくん?」俺の顔を覗き込んだそらのは、途端に悪戯っぽい微笑みを浮かべた。「もしかして照れちゃってる?」
「いや、それは……」俺がしどろもどろになっていると、そらのは楽しそうに「ふふ、冗談だよ」と言った。
何だろう、この感覚は。胸が軽く締め付けられるような、でも、どこかふわふわとしているような。なんだか懐かしいような、不思議な感覚だった。
「おーい!」
声に振り返ると、翔が車の扉から身を乗り出して、こちらを手招きしている。
「あれ? 翔……お前、まだ作業に没頭してたのか?」
「まぁな」翔にしては、やけに真面目な表情だ。何か考え事をしているかのようにも見える。
「ちょっと、ヤバそうなものを見つけちまったんだ」




