9ー4 目覚め
竜泉寺さんはやれやれと肩をすくめた。
「有力な目撃情報も無く、捜査本部の人間が血眼になって探しても手掛かりさえ見つけられなかったってのに、ある日突然犯人確保の通達が上層部から来て、捜査本部は解散、表向きは一件落着ってわけだ」
竜泉寺さんはそこで一旦言葉を切って、両手を組んだ。それから少しだけ視線を地面を落とした後、声のトーンを低くして言った。
「今起きてるあの爆破事件……それに、あの男……」あの男、という言葉に、俺は息を飲む。
「いずれも偶然の連続で片付けるには、不自然なことが多すぎる」
竜泉寺さんは周囲を見回して言った。「これらの事件に、JCOが何らかの形で関与しているのではないか……と、俺は考えてる。警察内部では、この事件を表立って調べようという動きすら無い。あまりにも不自然だと思わないか?」
「動きがないどころか、僕たち、妨害までされてるみたいですしね」米倉さんがため息を吐いた。
「あまり信じたくは無いけど……」春菜が不安そうな声で続けた。「警察内部の人間も関与してる可能性が高いってことなんだよね、これ」
「でも」春菜はいつもの明るい口調で言った。「妨害されちゃってるってことは、裏を返せば、私たちが見つけようとしている真実が、どこかに本当にある可能性が高いってことでもあるんだ」
春菜は両手を腰にやり、胸を張った。
「そんなこんなで、ワタシたちは秘密裏に独自捜査をしてるって訳なのでした」
「正直なところ、俺たちに協力してくれるような人間は今のところゼロだ。残念なことだが、協力者を得ようとしても、そもそも信頼出来るような人間がほとんど居ないというのが実情だ」
視線を落としていた竜泉寺さんが、ゆっくり顔を上げた。その目は俺を見据えている、
「見たところ、君たちにも助けが必要なようだ」
竜泉寺さんは右手を自身の胸に当てた。「そして、俺たちにとっても有益な情報を提供してくれるように思える」
「そこで提案だ」竜泉寺さんは両腕を左右に大きく開いた。「君たちには我々の協力者になって欲しい。その代わり、こちらもそらのくんの件に協力しよう」
「ワタシからもお願いするよ、楠原くん。手を貸してくれないかな?」
竜泉寺さんや春菜、米倉さんは、警察の中でも独自に動いてJCOの件を調べようとしている訳だ。彼らには彼らの目的があり、そのために俺たちが利用できると考えたらしい。そして、俺たちの目的を達成するための協力もしてくれるというのだ。レイナと翔の方を見ると、ふたりは小さく頷いた。
――もう会わないほうがいいと思う。
そらのの言葉が、未だに俺の頭の中で渦巻いている。俺はまだ、あの言葉の意味を聞いていないのだ。ならば、味方は多い方が良いだろう。
「わかりました。お願いします」
「決まりだな」竜泉寺さんはほんの一瞬だけ笑顔を見せた。
「ありがとう、楠原くん! さっすがワタシが道端で声を掛けた男! キミなら協力してくれると、お姉さんは信じていたよ!」
春菜は俺の両手を握り、ぶんぶんと上下に振りまわした。その様子を見て米倉さんは苦笑している。
「神咲巡査は調子が良いなあ」
「協力して頂けるのは、こちらとしても心強いです。ありがとうございます」
礼を言うと、竜泉寺さんは表情を緩める――ことはなく、逆に険しい眼差しを俺に向けた。
「それはそうと、君たちに改めて質問しておかねばならないことがある」
「……はい」俺は内心身構えつつ答えた。
「今朝、東京コネクトセンターからシステムに不正アクセスをされたという通報が入った」
「え……」思わず、翔と目配せを交わす。間違いなく俺たちのことだ。
「君たちは、その件には関わってないよな?」
竜泉寺さんは再び、射抜くような視線の鋭さで、俺の目を真っ直ぐ見た。
正直に伝えるべきだろうか、俺たちの手元にはそらのが居るということを。普通に考えれば、答えはYESだ。協力関係を結んだということは、相手にもこちらの情報を提供すべきだろう。だがもし正直に話したとして、いま、俺のMRDや翔のノートPCが証拠品として押収されてしまったら――。そらのの記憶が消滅するまでの期限は、刻一刻と近づいているのだ。
しかし、今さっき協力関係を承諾したその口で、俺は嘘をつくのか? それがもし露見した時、竜泉寺さんや春菜は、俺を軽蔑するだろう。考えろ。考えるんだ。どう答えるべきかを――。
ここまで、恐らく1秒も無い短い時間の中で、俺はあらゆる思考を巡らせた。そして、右手首に巻きついたMRDにそっと触れながら、答えた。
「……もちろんです」そう答えるしか無かった。少なくとも、今すぐに真実を言うべきでは無いだろう。
翔も俺の返答を聞いて、話の調子を合わせてくれた。「俺たちも、もう一度そらのちゃんの記憶にアクセスして話がしたいと思ってはいるものの、どうしようもないところで……ははは」
「そうか。念のための確認だ。悪かったな」竜泉寺さんはそれきり、その話題は持ちかけてこなかった。
そらのとの通信を見られていなかったのは運が良かった。しばらくは、そらのとの通信は切っておいたほうが良さそうだ。
「さあ、とりあえず話は済んだだろ」朱音がいきなり、俺にタオルケットを投げてきた。
「楠原はもうちょっと寝とけ。服は今乾かしてるところだから、しばらくは裸で我慢しろ」
朱音が指すほうを見ると、ハンガーにかけられたTシャツがミニキッチンの隣で干されていた。さっきの闘いで付いた血を洗い流しておいてくれたのだろう。
「一応、優しいんだな。扱いは多少乱暴だけど」
「ゼータク言うな」朱音は悪戯っぽく笑って、そう答えた。
「他のヤツらも眠かったらその辺で適当に仮眠な。シャワー浴びたいヤツは、後ろの扉を開けたとこにシャワー室があるから」
そこでいったん言葉を切り、朱音は翔の方を見た。「雨宮、覗くなよ」
「なんで俺なんだよ!」
「危険なカオをしてます」とエマ。
「ひでえ! 危険なカオって何だよ。偏見だよー」
翔の反応に、車内の全員が小さく笑った。あれほど深刻な顔をしていたレイナの顔にも、柔らかな表情が一瞬だけ戻った。それを見て、なんとなくほっとしたのだろうか、俺は久しぶりに心地の良い眠気を感じ始めていた。ソファに横になると、とたんに身体の力が抜けていく感じがする。
「それじゃ、切るぞ」朱音の言葉の直後、部屋の明かりは消された。朱音のMRDにも、このシステムの操作系が紐付けられているのだろう。途端に、辺りには静けさが漂う。
しばらくすると、どこからともなく寝息らしきものが聞こえてくる。皆、それぞれ大変なことがあった一日だったのだろう。かすかな寝息と夏の虫の音を聞きながら、掌を天井にかざしてみる。まだ自分の身体の変化について、信じられないことばかりだ。
(この先、どうなってしまんだろうな、俺は)
コネクトセンターの談話室での一件。記憶情報の集合として再び俺たちの前に現れたそらの。駅の爆発と朱音とエマ。謎の男が現れて、その右手の刃によって俺は一度死んだ。試作段階の医療用マイクロチップとやらの力によって蘇生したが、それは想定外の副作用を有していた。
異常な身体能力と身体中を走る電流のような衝動。男を殴った時の感触が、いまだに右手の拳にまとわり付いているような気がする。硬いゴムの板を強く殴りつけたような感触だ。右腕の一撃を受けたあの男はどうなったのだろうか。
――死んでしまったのか?
俺は人を殺したのだろうか? そのことについては詳しく聞いていないからわからない。あのときは、レイナが俺を他の皆のところまで運んできたらしい。よく考えたら、人を殴ったのなんて生まれて初めてのことだ。
「駄目だ……考えてもわからないことが多すぎる。今日は色々なことがあり過ぎた……」
ふうっ、と大きな息を吐いて、頭の中の疑問を振りほどいた。明日また、他の人に聞いてみよう。
そうして俺は身体を縮こませて、目を閉じた。緊張の糸がほどけるような感覚がして、そのまま俺は眠りの中に引き込まれた。




