9ー3 目覚め
「なんでレイナが、その、なんとかチップとかいう特殊なモンを持ってるんだよ?」
「それは……」レイナは一瞬目を逸らした。
「……私は最先端の医療技術を開発するところで働いていて、研究の途中段階のものを持っていたから」
「ふうん」朱音は何か言いたげにレイナを一瞥したが、それ以上は何も言わなかった。
「ヒロキ、聞いて」レイナは再び真剣な表情で俺を見据えた。「もしあなたが望むなら、あなたに埋め込まれたチップを取り除くことが出来る」
レイナは胸ポケットに挿していたボールペンを取り出した。
「そのボールペンは……」それはあの夜、月夜の中で鈍い光を反射していたものと同じだ。
「ペンに偽装しているだけ。これはマイクロチップを格納しておくための装置なの」
男に一撃を受けて伏した後、暗転していく意識の中で感じたあの微かな痛み。それはまさしく、レイナによって首筋にマイクロチップを挿された瞬間だったのだ。
「これを使えば、チップを取り除くことも出来る。ただ……」レイナの表情はそこでまたしても曇った。「このチップを取り除いてどうなるかは……」
「取り除いてどうなるかはわからない。うまくいかない可能性もあるってことか……」
「ごめんなさい」レイナはまた泣きそうな顔になっていた。彼女の、ペン型の装置を握る手が微かに震えている。その手を、俺は静かに自分の手で軽く包んだ。
「すまない、レイナ」
「どうしてヒロキが謝るの?」
「俺は……俺は別に、死んでも構わないと思っていたんだ」
その言葉を聞いて、レイナは驚いたような、悲しんでいるような、複雑な顔をした。
「……どういうこと?」
「もしあの夜、あそこで死んでしまっていたとしても、俺は構わなかったんだ」
この言葉は、レイナへの気休めではない。本心から出た言葉だ。
「助けてくれようと一生懸命になってくれたレイナに、死んでも構わなかったから大丈夫だ、なんて言うのも、すごく失礼なことだと分かってる」
俺は再度謝罪の言葉を口にした。「だから、すまない、レイナ」
「レイナは謝らなくたって良いんだ。お前が罪悪感を抱く必要なんてないんだよ」
そう、レイナが罪悪感を感じる必要はないのだ。すべては俺自身の中にある間接的な自殺願望が招いたことだ。
レイナは俺が何を言っているのか、少しずつ理解し始めたらしく、徐々に表情に怒りが現れ、俺が握っていた手を力任せに振りほどいた。
「ヒロキ……それ、本気で言ってるの?」レイナは低い声でそう言うと、再び腕組みをして俺を見据えた。
「……ああ」俺の方も発言を撤回する気は無かった。
「私のことはいい」レイナは組んでいた腕を広げて、右手をほかのみんなの方へと向けた。「でもここにいる皆だって、あなたを助けようとしたのよ」
「その気持ちも全部、どうでも良かったってこと?」そう俺に問い詰めるレイナの表情は、何かを期待しているようでもあった。
「そこまでは言ってない。俺を助けてくれたことには、本当に感謝してる」これも真実だ。今だって、ここに居る全員が俺のことを気遣ってくれているのがわかる。それにはどんなに感謝の言葉を尽くしても足りないだろう。
「でも」俺は視線を足元に落とした。「この先……俺の身に何かが起こって死んだとしても、甘んじて受け入れようと思ってる」
「……」レイナは押し黙った。明らかに怒っている。
自分の考え方がレイナを怒らせているということは百も承知だった。それでも、それが今の俺の正直な気持ちだった。いずれそらのと同じ場所に行けるのなら、その過程は何だって構わない――どうせあの世界に行くのなら、早い方がいいとさえ思える。
唐突にホイッスルの音が鳴り響いて、俺の意識は現実世界に引き戻された。
「ハイハイハイ! 楠原くんもレイナさんもそのへんでね」警笛を吹いたのは春菜だった。
春菜は勢い良く俺の方に身を乗り出してきた。
「楠原くん、キミはそらのさんの記憶を取り戻したいんだよね?」
「あ、ああ……」
春菜がピッと人差し指を天井へ向けた。それはまさに婦警が子どもを注意するかのような仕草だった。
「それまでは、死んでも死んじゃダメなんじゃないかな?」
「え?」春菜が何を言っているのか良くわからず、俺は一瞬混乱した。「えーっと、死んだら死ぬじゃないか」
「というか、どうして春菜がそらのの事情を知ってるんだ?」
「ワリぃ。俺が皆に話しといた」翔が両手の平を重ねて謝罪の意を示した。
翔の言葉を引き取るように、竜泉寺さんが口を開いた。
「実は、そらのくんの記憶については、俺たちにも引っかかるところがあるんだ」
「どういうことですか?」
「事件捜査の際、我々警察がコネクトセンターの設立団体であるJCOに記憶データの開示を求めれば、優先的に認められることになっている」
竜泉寺さんは右手であごをさすりながら天井を仰いだ。
「特に殺人事件の被害者の場合、捜査の重要な手がかりになるからな」
なるほど。記憶データにはそういった活用の仕方もあるということなのだろう。
「俺たちが捜査で利用する場合は、一般には伏せられている“亡くなった原因”についても問えることになっている」
竜泉寺さんの鋭い視線が俺へと向けられた。
「だから、自殺したというそらのくんについても、亡くなる直前の記憶データについて問い合わせてみたんだが、JCO側から開示を拒否されたんだ」
「……それって、よくあることなんですか?」
「無くは無い。が、非常に稀なケースだ」
竜泉寺さんは再びあごをさすりながら言った。「更に、別件で気になる点がある」
「福岡、大阪、そして今回の東京……コネクトセンターの支部近くで不審な事件が頻発しているんだ」
福岡、大阪――その地名を聞いて、朱音が表情を変えた。
「やっぱりか……」その声には深い怒りが含まれているように思えた。
「やっぱりって……何か知ってるのか?」俺の質問に、朱音は苦々しい表情で答えた。
「知ってるも何も、アタシとエマはその不審な事件ってのに遭遇してるんだよ、二回ともな。今回めでたく三回目って訳だ」
朱音が拳を強く握りしめているのがわかった。その拳は小刻みに震えている。
そんな朱音の肩に、エマがそっと手をかけた。
「……君たちにも、そのうち詳しく話を聞かせてもらわねばな」
竜泉寺さんはそこで咳払いし、再び話し始めた。
「話の続きだが、これらの事件はいずれも連続殺人で、それぞれ犯人とされる人物は逮捕されたことにはなっているんだが……それがどうも妙でな」




