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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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8ー2 凶刃

 翔をあちこち探しているうちに、俺たちは符中駅前の広場までやってきていた。


 倒れていたり、うずくまっていたりする人々が、至るところに目につく光景を想像していたが、広場は閑散としていた。救急隊と思しき服装に身を包んだ人たちが担架を運んだりしているのが遠くに見えるものの、ほとんど封鎖が完了しているようだ。未だ駅の一部には燃え続けている箇所があるものの、消防隊員によって消火活動が行われている。あの様子であれば間もなく鎮火するだろう。


 イベントが行われていたと思しき小規模なステージにも人影はなく、ただ倒れたマイクスタンドや、放置された照明や機材が、その時の混乱を表している。太陽の光は徐々に弱くなっているが、夕日に照らし出されたアスファルトの上には、様々なものが散らばっている。


 片方の靴、蓋の開けられたカバン、ビリビリに破かれた上着。そして――所々に影を落とす黒いシミのようなものが目に入った。


「これは……血か……」


 ここで何が起こったのかは、あまり想像したくは無かった。未だに翔の姿は見つかっていない――ここにある血が、翔のもので無いということは証明出来ないのだ。


「くそ……」


 翔……お前は爆発に巻き込まれてしまったのか?


 お前まで、居なくなってしまうのか?


「ヒロキ、一度引き返した方が良いと思う」


 レイナは俺の背中を軽くさすりながらそう言った。「辛いと思うけど……」


 確かに、ここに長居するのはあまり良い考えでは無いだろう。


――引き返そう。


 そう決心しかけていたときだ。


「おーい!」という声が遠くから聞こえてきた。良く知っている声だ。


「ヒロキ、あれ……!」


 振り返って、俺は大きく息を吐いた。翔が大きく手を振りながら歩いてきたのだ。


「やー、こんなトコに居たのか」


 こんな状況にあっても、翔は翔らしい軽口を叩いた。


「それはこっちの台詞だ! 俺たちはお前を探してたんだよ」


「そっかそっか、そりゃ、そうだよな。心配かけて悪かったな」


 珍しく素直に謝る翔は、なんだか新鮮だった。


「あれっ?」


 今度は翔の背後から、これまた前にも聞いたことのある声が聞こえてきた。


「キミたち、お昼に会ったよね?」


 翔の背中から、ひょこんと頭だけを覗かせながら、彼女は姿を現した。この人は確か、神咲春菜という名前の若い女性刑事だ。


「あなたは、あの時の刑事さん……」


「そそっ。すっごい奇遇だね!」春菜は嬉しそうに俺の腕を叩いてくる。


 相変わらず勢いのある春菜に、レイナは唖然としている。


「なんでカケルとあなたが?」とレイナ。


「私のことは春菜って呼んでくれていいよ!」


「……ええと、どうしてカケルとハルナが一緒に?」


 レイナの質問に、春菜は照れくさそうに頭を掻いた。


「いやあ、恥ずかしながら、爆発の時びっくりしちゃいまして。その時どっかの段差につまづいて転んじゃって……てへへ」


「そん時俺も近くに居たんだよ」翔は両手の親指を突き立てて、得意げな様子だ。


「駅からそんなに近い所には居なかったから、俺は何とも無かったんだけど、ちょっと横みたら倒れてる人がいるもんだから、さすがの俺も慌てちゃってさあ」


 翔はさっき春菜がそうしたのと全く同じ動作で、右手で頭を掻いた。


「でも声を掛けてみたら、本当にコケただけで、更に刑事さんだったんだよね。意外にも」


「そうそう、意外にも刑事だったんだよねワタシ……っておい!」春菜は右手の甲で、翔の胸を少し強めに叩いた。


「まあ、コケたものの無傷だったので、周囲の人に声を掛けたり、救急隊の手伝いをしたりしてたんだよ」


 さきほど会った時は、なんだかうさん臭い人だと思っていたが、本当は真面目で正義感のある刑事さんなのかもしれない。危険を承知で周囲の人を助けようとここまで来たのだ。


「何しろ本官は警察官ですから!」


 根は真面目なのかもしれないが、何かアクションをする度に真面目な印象が薄れていくのは、本人の性格によるものなのだろう。


「で、お前は?」俺は翔に声を掛けた。


「俺も刑事さんと一緒にここまで来たってワケ」


「雨宮くんってば、付いてくるなって言ったのに、全然言うこと聞かなくてさあ。まあ人手が足りないから助かったんだけど」


「なるほどな。まあとにかく、ふたりとも無事で良かったよ」


 安堵の息を漏らしていると、銀縁メガネをかけた制服姿の若めの男が、慌てた様子でこちらに走ってくるのが見えた。


「ああ! 神咲巡査、こんなところにいたのか」


「米倉先輩! もう鑑識も出てるんですか?」


 どうやらこの米倉という男も警察の人間で、春菜と顔なじみらしい。


「さっき着いたところだよ」


 米倉と呼ばれた男性はハキハキとした口調でそう答えた。


「なるほど、お疲れさまです!」


 今までの緊張感の無さが嘘だったかのような動きと口調で、春菜はビシッと敬礼をした。なんだか、初めてこの人が警官らしく見えた。


「それで、この方たちは?」


 米倉さんはメガネの位置を右手の人差し指で直しながら、俺やレイナの方を見まわした。俺たちは米倉さんに今までの経緯を簡単に説明した。


「なるほど、神咲巡査がお世話になったんですね」


 米倉は、爽やかな青年の模範解答のように、明るくハキハキと喋った。


「僕は鑑識官の米倉秀と言います。以後、お見知りおきを」


「ええ、どうも……」


 この米倉と名乗った鑑識官は、制服姿じゃなければ絶対に警察だとわからないくらい、温和な顔立ちをしている。春菜と並んで立つと、まるで平和な兄と妹のようだ。


「そうだ」爽やかな青年の顔が一瞬曇った。「神咲巡査。そこの百貨店前で竜泉寺警部補が探してたよ」


「あ、了解です! ありがとうございますっ」


 どうやら春菜たちは、先程遭遇した竜泉寺という刑事と共に捜査をしているようだ。


「キミたちもありがとね」春菜は改めて俺たちに向き直ると、ビシッと敬礼をした。「もう歩けるし、ここからはお別れだね」


 隣の米倉も頭を下げた。「うちの巡査がお世話になって、本当にどうもありがとう」


米倉は「あ、でも」と前置きをしてから、両手の平を顔の前で合わせた。


「お世話になっておいてアレだけど、この辺りからは早く避難して欲しいんだ。もう僕たち鑑識が入って捜査してるからね」


「そうですよね、すみません。俺たちも探していた友達が見つかったので、これから避難します」


「うん、そうしてくれると助かるよ」


 そう言った直後、米倉の人懐っこい顔は一転して真剣な表情に変わっていた。


「まだ犯人も捕まってないし、危険だから、早く立ち去った方がいい」


 米倉さんはそう言うと、緊張感のある表情で辺りを見回した。米倉さんの視線がこちらから外れた瞬間、翔が俺を肘打ちして、顔を寄せてきた。


「犯人ってことは、やっぱりこの爆発、誰かが仕掛けたものってことだよな……」


「そうみたいだな。俺たちも早くここを……って」


 通りの角から竜泉寺さんが現れるのが見えて、俺は思わず息を呑んだ。向こうも俺たちに気がついた様子で、怒りを露わにしながらこちらへと走ってきた。


「君たち、こんなとこで何してるんだ! 引き返せと言っただろう!」


 開口一番俺たちを叱りつけ、次に春菜や米倉さんのほうを向いた。


「あっ、師匠! お疲れ様です!」


 春菜と米倉さんの態度は先ほどの砕けた感じから一転し、緊張感をまといながら姿勢を正して、竜泉寺さんに敬礼した。


「お前たちもこんなところで油を売ってるんじゃない!」


 竜泉寺さんの一喝に、ふたりは一瞬身震いしたものの、大きな声で返事をした。


「はいっ! すみません!」


「失礼しました!」


 竜泉寺さんは大きなため息を吐いた後、今度は俺たちの方をジロリと睨みつけた。


「それで、君たちと一緒に居た子たちは? 確かあとふたり居ただろう」


 先程、竜泉寺さんを振り切っていったふたり――朱音とエマの姿はあれから見ていなかった。


「ふたりの行方は、俺たちにもよくわからなくて……すみません。」


「そうか……。とにかく、君たちは一刻も早くここを離れろ」


 竜泉寺さんの怒りが頂点に達する前に、ここを立ち去った方がいいだろう。


「わかりました。レイナ、俺たちも行こう」


 レイナの方を振り返ると、俺たちの話を聞いていなかったのか、爆破された駅から立ち上る黒煙を見つめて、何かを考えている様子だ。


「レイナ、大丈夫か?」


「あ……ええ、ごめんなさい」レイナは駅の黒煙から目を背けた。「なんだか、とても嫌な感じがして……」


 確かに、今ここに広がっている光景は異様だ。レイナの気持ちもわかる。だが、翔も見つかった今、俺たちがすべきことは、一刻も早くここから距離を取ることだ。俺はレイナに「行こう」と声を掛けようとした。


「オマエたち、逃げろ!」突然、鋭い朱音の声が遠くから聞こえた。


 声の方を見ると、通りの方から朱音とエマのふたりがこちらへ駆けてくるのが見えた。いや、正確に言うとふたりではなく、三人だ。


 黒い影のような男が、こちらに向かって走ってきていた。背が高く、眼光は鋭い。存在感のある男だ。朱音とエマはその男を追いかける形になっている。


 その男の右腕付近を見て、俺は目を逸らすことができなくなってしまった。


「何だ……あれは……」


 それはほとんどが赤色に塗られ、その間から鈍い光を放っている――血のついた大きな刃物だ。まだそれなりの距離があるにも関わらず、それはハッキリと視認できた。

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