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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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8ー1 凶刃

 符中の街中、けやき通りまでやってきた。


 辺りは夕暮れの淡い光に包まれている。その中で立ち上る黒い煙が、今が非常事態なのだということを周囲に知らせる狼煙のようにも見えた。朱音とエマは、俺の遥か前を走っているだろう。もうその背中を視認できなくなっていた。俺はそれに追いつけるように、必死に走った。


「ヒロキ! ちょっと待って!」


 背後からレイナの声が聞こえて俺は立ち止まった。振り返ると、レイナが肩で息をしているのが見えた。後ろから追いかけてきていたのだ。


「さっきの場所で待ってろ、って言っただろ」


「あなただって、私が行くのを止めたのに聞く耳持たなかったじゃない。これでおあいこでしょ?」


「おあいこって、お前……」


「その代わり、約束して」レイナは有無を言わせぬ強い語気で言った。「これ以上は危険な状態だと思ったら、引き返す」


「……ああ、わかったよ」


 視線を国道へ向けると、サイレンを鳴らしたパトカーが何台も通り過ぎていくのが見えた。駅の方からは、大勢の通行人たちが恐怖に顔をひきつらせながら駆けてくる。


「やっぱり……これって異常事態だよな」


「そのようね……」


 俺は、通行人のひとりに声をかけることにした。まずは状況確認をした方が良いだろう。


「ちょっとすみません。何かあったんですか?」


「駅前で大きな爆発があったんだ! 君たちも早く避難しなさい!」


 恰幅のいいその男性は、早口でそれだけを言うと、駅とは反対の方へと一目散に走り出した。


「爆発だって……?」


「どうするの? どう考えても危ない所よ、ここは」


「だとしても、この目で翔の無事を確認したい。レイナ、やっぱりお前は離れたところにいた方が……」


「……いいえ。ここまで来たんだから、ヒロキが何と言おうと付いて行くわよ」


 両手を強く組んだレイナが俺を睨みつける。これは確かに、何を言っても彼女は付いてくるだろう。


「意外と強情だな……」そう小さく呟くと「あなたも強情だけどね」とレイナは肩をすくめた。


「目には目をってことわざ、知ってる?」


「好きにしてくれ。行くぞ」


 俺たちは逃げ惑う人の波をすり抜け、ひたすら駅の方向へと走り続けた。しばらく走っているうち、見知った人間ふたりの姿を発見した。朱音とエマだ。例の変わった服装が幸いして、混雑の中にあってもすぐに目に付いた。


 近づいてみると、ふたりの前にはひとりの男が立ちはだかっている。背広姿の四十代と見られる中年男性だ。朱音たちと何やら言い合っている。


「何度でも言う。君たちが行けるのはそこまでだ」コートに身を包んだ男は、低い声で威嚇するように朱音とエマに言った。


「そうは行かねーんだよ!」朱音は、男の有無を言わさぬ態度にも怯む事なく突っかかっていった。「わっかんないヤツだな!」


 中年男性はエマの方を見た。「そんな槍みたいなものまで持って……ここで起きてることは遊びじゃないんだぞ!」


「そんなのわかってるよ! こっちだって遊びじゃねーんだ!」


 いてもたってもいられず、俺は朱音の前に立ち塞がった。「おい、朱音! どうしたんだ」


「あっ、お前たちは……ここに来るなって言っただろ!」


 天音は両手で頭の赤い髪をわしゃわしゃとやり、最後には「ああもう、どいつもこいつも!」と言い捨てた。


「どいつもこいつもってのは俺の台詞だ」中年男性はため息混じりに俺の方を見た。「で、君たちは何だ?」


 中年男性はMRDを操作してARディスプレイを表示した。


 そこには「警察庁《けいさつちょう》 捜査一課警部補《そうさいっかけいぶほ》 竜泉寺哲也《りゅうせんじてつや》」と書かれている。


「俺は刑事の竜泉寺《りゅうせんじ》だ。俺の言葉には強制力がある」


「そんなの知るかよ! いいからそこをどけよ!」朱音は竜泉寺と名乗る刑事をものともせず、いきりたっている。


「おい、落ち着けよ……」


「刑事だか何だか知らないけど、アタシたちの進路を妨害するなんて怖いモノ知らずだな!」


「はぁ……何を訳のわからないことを言ってるんだ君は」やれやれと言った態度で竜泉寺と名乗る刑事は両手をポケットに突っ込んだ。


「うるさい! さっさとそこを通せ!」朱音は完全に頭に血が上っている状態だ。


 そんな朱音を見て、竜泉寺は呆れたように肩をすくめた。


「ここはお嬢ちゃんたちのような子供がうろうろする場所じゃない」


 竜泉寺はチラッと駅の方へ視線を向けた。「駅前広場からこの辺りまで、全て封鎖中なんだ」


「爆発があったって聞きましたけど」俺の言葉に、竜泉寺さんは手をあごに当てて、少しだけ考えてから答えた。


「……そうだ。その原因を調査するために、今われわれ警察が捜査中だ。死傷者が出ている可能性もある。だから……」


「だったらますますアタシたちが行かないと。エマ!」


「はい!」


 朱音とエマは隙を見計らい、竜泉寺さんの両側をすり抜けていった。


「あっ、おい! 待て! くそ、ただでさえ人手が足りないってのに……」


 竜泉寺さんは右手で頭を掻いてから、俺とレイナの方を向いた。


「いいか! 安全が確保されるまで、君たちもここから先は通行禁止だからな!」


 そう言い残すと、竜泉寺さんは朱音とエマの後を追いかけていく。一瞬の静寂の後、俺とレイナはどちらからともなく動き出した。竜泉寺さんには申し訳ないが、ここまで来て、ただ待つことなど出来ない。

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