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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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7ー3 朱き翼

「何だ……!?」


 空気の振動が直接肌で感じられるほどの、今までに聞いたことの無い音だった。音は後方から聞こえた。爆発音はもうしないが、代わりに歓声のような、悲鳴のような、たくさんの人が声を上げている音が聞こえている。さらに遠くの方で、消防車か救急車か、サイレンの音が鳴り始めた。振り返ると、ちょうど符中駅のある方面から黒い煙が上がっているのが見えた。


「なんだ、あれ……」思わずそう口にして、俺は俺自信の声がひどく掠れているのに気付いた。


――明らかに尋常ではない事態が起こっている。


 気づけば周囲には、俺、そらの、レイナだけでなく、先ほど別れた朱音とエマの姿もあった。先ほどの爆発音を聞いて、こちらへと戻ってきたのだろう。みな一様に黒い煙の方を見て、呆然としていた。


「駅前のほうだな……」


 現実感が全く感じられない。ただ目の前に広がっている情景について口に出す事しかできなかった。


「火事……じゃないよね?」そらのの声もひどく怯えている。


「ええ、火事というよりも、何かが爆発したような感じだった」


 レイナの口調は冷静に聞こえるが、端々に緊張感が滲み出ている。


 ガスの爆発か? 電車が路線から脱線した? こういうことが起きた場合は、どうしたら良いんだっけ? そんなに近くはないから、ここまで危険は及ばないだろうが―― 一応は避難するべきなのか? それともあまり動かない方が良いのか?


 色々な考えが頭を過ぎっては流れていき、思考がうまくまとまらない。俺やそらの、レイナはみな、どうすべきかわからずにその場に立ち続けていた。


「朱音、今のは……」エマが朱音に目配せしているのが見えた。朱音は静かに「そうだな」とだけ答えた。


 俺は違和感を感じた。朱音とエマはこの状況を目の当たりにしても、あまり動揺していないように見える。何故だ? さらに、ふたりはどちらともなく、駅前の方向へ一歩踏み出した。まさか、あの黒煙が上がっている方へ行こうとしているのか?


「……“また”かもしれない」


「朱音、行ってみましょう」


 ふたりは無言で頷き合っている。


 “また”――?


 こんな大きな爆発事故なんて、ここ最近であっただろうか? 少なくとも俺の記憶には無いが――。


 このふたりは、今の状況について何かを知っているのか?


「いいか、お前たちは来るな! どこかに避難してろ!」


 朱音は一瞬だけ俺たちの方を振り返ってそう言うと、駅の方向へ走り出した。間髪入れず、エマもそれに続く。


「お、おい、ちょっと待てよ!」そう叫ぶのが精一杯だった。口の中が驚くほど乾いている。


 ふたりは振り返ろうともせず、どんどん走っていく。その背中を見ているうちに、俺はあることに気が付いた。


「あっ……!」その瞬間、全身が粟立った。


「どうしたの?」


「そう言えば、翔が駅前に行くって言ってたよな」


 俺の言葉を聞いて、レイナの顔から血の気が引いていく。俺は急いでMRDで翔に連絡を試みた。しかし、翔は応答しない。


「出ないぞ……」


「まさか、今もまだ駅の近くに?」急速に背筋が凍りつくような感覚。


 そらのも翔のことを案じているのだろう。不安げな顔で俺の方を見ている。一度芽生えてしまった不安は、事実を確かめるまでは消えてくれない。俺はレイナの方を見た。


「俺も駅前の方に行ってみる」俺の言葉に、レイナは「待って」と言った。


「ヒロキ、あなたの気持ちはわかる」


 レイナは出来るだけ冷静さを失わないように、慎重に、緊張を抑えながら、賛同の意を示す。


「けど、今あそこに行くのはとても危険だということもわかってるでしょう?」


 俺は駅の方を見た。駅の方から上る黒い煙は、ますます勢いを増している。


「もちろんわかってる。けど、翔が危ない目に遭ってるかもしれないのに、放っておけないだろ」


「でも……!」


 レイナと言い争いになりかけた時、そらのが穏やかな声でレイナに語りかけた。


「レイナちゃんは、ヒロくんを心配してくれてるんだね……ありがとう」


「いや、私はただ……」


「でも、ヒロくんは、こういう時、頑固なんだよね~」意外な方角から矢が飛んできた。


「悪かったな……」俺のふてくされた顔に、そらのは楽しそうに微笑んだ。


「ヒロくんのそういうところ、嫌いじゃないよ」


 そこでそらのはいったん目を閉じた。そして、次に開かれた目には、有無を言わせぬ迫力があった。


「でも、気をつけてね」それが本心からの心配であることは、俺にも分かっていた。


「ああ……いったん、通信を切るぞ」とにかく、今はそらのとの通信を切って、すぐにでも移動した方が良いだろう。


「……わかった。絶対、また会おうね」


 そらのとの通信を切った後、俺は黒煙が上がる方に向かって駆け出した。


「ヒロキ!」俺の背後でレイナの叫び声が聞こえた。


「レイナはここで待っててくれ!」


 俺は足を止める事なく、レイナにそう叫び返した。

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