7ー2 朱き翼
「おい! ちょっと待てよ! お子様って何だよ!」
「だってそうでしょう。変なグループ名を付けて遊んでるだなんて、子供のやることじゃない」
レイナの言葉に、朱音の怒りはどんどんヒートアップしているようだ。
「失礼だな! アタシはもう十六歳なんだぞ!」
「私とたった1歳しか違わないのね。意外」
「オマエ、1歳しか違わないのかよ! なんでそんなに偉そうなんだよ!」
変な言い争いが始まってしまった。
「レイナちゃんと朱音ちゃん、なんだか凄いな」
声が聞こえた方を見ると、小さなそらのが、俺の右の脇腹あたりからそっと顔をのぞかせて、様子を窺っていた。俺は言い争っているふたりに背を向けて、右手を前に持ってきて、そらのと目線を合わせた。
「どこがだ……?」
「だって、出会ってすぐの人と本音で話をしてるんだよ。これって凄いことだって思わないかな?」
確かに本音で話はしているのかもしれないが、世の中本音だけでは上手くいかない。俺から見て、レイナと朱音が打ち解け合っているようにはとても思えなかったが、そらのはなんだか羨ましそうな表情でレイナと朱音を見つめている。
「ねえ、ヒロくん。わたしも混ざってもいいかな?」とんでもない提案をそらのがしてきた。
「止めたほうが身のためだと思うけど……」
そらのがあの会話に入ったら、いよいよ収拾がつかなくなりそうだ。どうしたものかとレイナと朱音の方を見ていると、エマと呼ばれていた女性が、自分の身体をレイナと朱音の間に滑り込ませた。
「朱音に失礼なことを言わないでください」
エマの口調は淡々としたものだった。
「あなたは関係ないでしょ」
「朱音を傷つける者は、私を傷つける者も同然。謝ってください」
エマから毅然とした態度でそう言われ、レイナは人差し指を口の前で立てて目を閉じた。
「……エマって言ったわよね。あなた、アカネの何なの?」
再度開かれたレイナの視線は鋭かった。そんなレイナの視線を跳ね返すように、エマもレイナを真っ直ぐ見据えた。
「朱音の“何”か。そんな問いは意味を成しません。私は朱音と――」
「まあまあ、エマ」
レイナとエマの口論がヒートアップしそうになってきたところで、今度は朱音がレイナとエマの身体の間に割って入った。
「しょうがねーよ。コイツらは、アタシたちのやろうとしてることがわかってないだけだからさ」
朱音はエマの背中をなだめるようにポンポンと叩くと、改めて俺たちの方を向いた。
「とにかく、アタシたちは一刻も早くこの場所に行かなきゃならないんだ」
朱音の表情は、レイナと言い争っていた時とは一転、真剣な色を帯びている。最初はふざけているのかと思ったが、もしかしたら本当に大事な用事があるのかもしれない。地図に目をやると、目的地は今立っているところから1kmほど離れているようだ。
「この道か。坂が多くて結構入り組んでるところだな」
「マジかよ」あからさまに落胆した声で朱音は肩を落とした。
「もし差し支えなければ、案内して頂けませんか?」とエマ。
「おお、それがいいな!」エマの言葉を受けて、肩を落としていた朱音は一転、両手を上に挙げた。かなり浮き沈みが激しい子のようだ。
朱音とエマは期待をこめた視線をこちらに向けてくる。往復を考えても、三十分もかからず行き来できそうな距離ではある。しかし、レイナが俺の袖をつかみ、そっとささやいた。
「残された時間は限られてる。出来るだけ早く、あの場所に行ってみた方が良いと思う」
それを聞いていたそらのが、朱音とエマからは見えない位置から静かに言った。
「レイナちゃん、わたしなら大丈夫だよ」
その声は優しく、慈愛さえ感じるほどに穏やかなものだった。
「この子たちを案内してからでも良いんじゃないかな?」
「ソラノ……」そらのにそう言われて、強く言い返すことも出来ず、レイナは少し困った表情を見せた。
俺はどうすべきか、しばらく考えたが、結局はレイナの意見に従うことにした。
「残念だが、俺たちにも行くところがあってな」
俺は朱音とエマのほうを向いて、軽く頭を下げた。
「……そうか、なら仕方ねーな」
その口ぶりからは怒りは感じられなかった。
「時間を取らせて悪かった。アタシたちで何とかするよ」
「サヨウナラ」エマは固い別れの言葉を告げ、朱音の背中を追いかけた。
朱音とエマは寄り添ったまま、MRDで地図を表示させてあれこれと話しながら、やがてひとつの角を曲がっていった。
「意外とあっさり引き下がったな。もっと抗議されるかと思ったが」
「あなたは妥当な判断をしたと思うわ。それにしても、何だか妙なふたりだったわね」
「友達っていうには何だか変だし……姉妹、ではないよな、どう見ても……」
「そうね。私には理解出来ない関係だった」
レイナはそう言うと、肩をすくめた。随分と冷たい言い方だ。
「確かにあのふたりはちょっと不思議な感じがしたが、レイナにだって友達のひとりやふたりはいるだろ?」
「……どうかしらね。そういうのは、意識したことがなかったから」
「たった独りで生きてきた、っていうのか?」
「もちろんそういう訳じゃない」
レイナはそこで一度言葉を切り、視線を外した。
「背中を追いかける存在の人もいたし」
不意に、レイナは何か愛しいものを思い出すような目をした。何故かはわからないが、その視線が俺の胸を妙にざわざわとさせた。
「ヒロくん……どうかした?」そらのが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「いや……何でもないよ」
俺は大丈夫だから――そう言おうとした時だった。
いきなり、鼓膜を引き裂かんばかりの、激しい爆発音が辺りに響きわたった。




