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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
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7ー1 朱き翼

 俺たちは再び符中の街中を歩くこととなった。今度は翔も一緒だ。


「やまのんがどっか行ってて助かったな~」


 急いで教室を立ち去ったにしては、ずいぶんとお気楽そうな言葉のように思えた。


「あっ、そうそう」何かを思い出した様子で、翔は俺のほうに身を乗り出した。


「裕樹、改めてMRDからホームウィンドウを立ち上げてみてくれよ」


 様々な疑問が頭の中をよぎったが、黙って翔に言われた通りにすることにした。


 俺はまず、右手のひらを上に向け、親指で手のひらを抑えるような動作をした。すると、MRDがその手の動きを認識して、手のひらの上に長方形のカードのようなサイズのARディスプレイを表示する。そのARディスプレイには、MRDに搭載されているOS――テミスのホームウィンドウが投映されている。そのホームウィンドウには、いくつもの正方形型のアイコンが整然と並んでおり、ユーザーは、このアイコンを触れることで、様々なアプリケーションを起動することが出来るのだ。


「何だ、コレは」


 俺は、自身のホームウィンドウに新たなアプリケーションアイコンが増えていることに気付いた。


「いいから、起動してみろよ」そう話す翔の顔は、これから悪戯を実行するのが楽しみで仕方がない子供の表情そのものだ。


 訝しく思いながらも、拒絶する理由も無かったので、新たに出現したアイコンに親指で触れた。すると、ブオンという音と共に、小さな手のひらサイズのそらのが眼前に浮かび上がってきた。


「うわっ! そらの……」


 街中に居るも関わらず、俺は思わず大きな声を出してしまった。まるでフィギュアのようなサイズのそらのは、先程と同じようににっこりと微笑んだ。


「あれ? ヒロくん、なんか大きくなったね?」


「いや、そらのが小さくなってるんだよ」


 俺は翔の方を振り返った。「翔、これはどういう……?」


「持ち運びにはこっちの方が便利だろ?」それが当然という口ぶりだった。


「荷物みたいな言い方するなよ」


「いやいや、いつも裕樹くんとそらのちゃんを一緒に、っていう俺の配慮じゃん! わかんないかな~?」


 翔は得意気に笑うと、不意に呟いた。


「それはそうと、俺、ちょっと駅前のパーツ屋に行ってくるわ」


 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はそこには無かった。声は低く、真剣な口調だった。


「こんな時にか? どうした急に」


「やー、バッテリーが心許なくてさ」翔はまた普段の口調に戻し、頭を掻いた。


「この先、いつ電源が取れる場所に行けるかわかんねーじゃん? 今のうちに予備を確保しておきたくてさ」


 翔が使っているガジェットの中には、自動充電機能が備わっていないものもあるのだろう。それらを常に使える状態にしておくことはかなり重要なことだ。


「お前たちは好きなところに移動しててくれよ。後で連絡取り合って落ち合おうぜ」


 翔は軽やかな足取りで駅前の方へと立ち去ってしまった。何か引っかかるものがあったが、止める訳にも行かず、その背中を見送って振り返ると、レイナが真剣な表情でそらのを見つめていた。


「私、ソラノに聞きたいことがあったの」


「わたしに?」


 レイナは軽く深呼吸した。彼女が緊張しているのは明らかだった。


「単刀直入に聞く――あなたは本当に自ら自動車に飛び込んだの?」


 それは、俺がコネクトセンターでそらのにしたのと同じ質問だった。こんな早いタイミングでその質問をするとは思っていなかった。またあの談話室の時のような反応にならないだろうか、という不安が湧き上がってくる。


「その、わたし、良くわからなくて……自分が死んじゃった時のこと、覚えてないみたい」


 案の定、そらのは戸惑った様子を見せた。その言葉には自信が無く、話すほどに声がしぼんでいき、最後はかろうじて「覚えていないみたい」と聞き取れるレベルだった。


「そう……やっぱり」


 レイナはそらのの反応をある程度予想していたのだろう。特に落胆した様子は無かった。一方、そらのはとても申し訳なさそうな顔をしていた。


「自分のことなのにね……ごめんね、レイナちゃん」


「ソラノが謝ることじゃない」レイナは目を細めて視線を足元に落とす。


「私の方こそ、知り合ったばかりなのに、こんな質問をしてしまって、ごめんなさい」


「いや……」我慢できずに俺も言葉を挟んだ。


「レイナは俺を手伝ってくれてるんだ。ごめんな、そらの」


「ううん……」そらのは口元だけを静かに微笑ませるだけだった。


 気まずい空気が流れ、全員が口を閉ざした。俺は、自分がやっていることが、まったくの無意味なんじゃないかという感覚にとらわれていた。


――記憶だけの存在になったそらのにまで悲しい顔をさせるのか、俺は。


 そこまでして、そらのが死んでしまった理由を探す必要があるのだろうか。


 私たちはもう会わない方が良い――。


 あの日のそらのの言葉が、身体の中に深く沈んでいくのを感じた。


 重たい沈黙の中、口を開いたのはレイナだった。


「ソラノ、私たちと一緒に見て欲しい場所がある」


「見て欲しい場所?」


「そう。あなたが事故に遭ったと言われている場所よ」


 レイナの提案には一理あると思った。そらのがあの場所を見ることが出来れば、何か思い出すかもしれない。


――だが、少し強引すぎはしないか。


 実際、レイナの言葉を聞いたそらのは不安げな表情で視線を揺らしている。


――そらの、あまり無理しなくても良いんだ。


 俺はそう言うために、口を開こうとした。


「ちょっと、そこの人!」俺が言葉を発するより先に、誰かの声が割り込んできた。周囲を見回してみたが、近くには俺たち以外に誰も居ない。


「アンタだよ、アンタ!」


 再び声が聞こえてきた。どうやら、背後から誰かが、俺たちに声を掛けているようだ。今日はやけに後ろから呼ばれるな。ここで変に無視をするのも不自然だが、そらのの姿をあまり見られない方が良いだろうと思い、俺は自然な素振りで手を後ろに回しながら振り返る。


 そこにはふたりの女の子が立っていた。ひとりは赤く長い髪をツインテールにしている少女だ。背は小さいが勝気な表情で、しかも何故か槍のような物を手にしながら、強い視線をこちらに向けている。


 もうひとりの方は、背が高く、すらりとしていて、髪は紫色。先ほどの少女と比べると、無表情で感情が読めない。


 特筆すべきはふたりの服装だ。赤い髪の女の子は、これまた赤いスカートを身に纏い、さらには茶色のマントらしきものを羽織って、右手には大きな槍のようなものを握っている。紫色の髪の女性も、赤い髪の女の子と対を成すようなデザインの服を着ており、どちらも風変わりな出で立ちだ。何かの企業イベントのコスチュームだろうか。それにしては態度が大きい。なんだろう、この子たちは。


 ツインテールの少女が、おもむろにMRDを操作して、ARディスプレイを見せてきた。そこには、符中駅周辺と思われる二次元のマップデータが映されている。その一角には、目的地を示す赤いピン状のマークが付けられている。


「あのさ、この赤い印のトコへの行き方を教えて欲しいんだけど」


 赤い髪の女の子は少し急いでいる様子でそう言った。レイナの方をみると、会話を中断されたせいだろう、少し苛立っている様子だった。


「……私たち、いまちょっと取り込み中なんだけど」


 レイナは苛立ちを微塵も隠そうとせずに赤髪の女の子に言葉を返した。


「おっと、そうか。済まないな、ちょっと急いでてさ……アタシは九重朱音《ここのえあかね》だ。こっちはエマ」


 別に聞いてもいないのに、勝手に自己紹介を始め出す朱音と名乗る女の子。見当違いの返答をされて、レイナも言葉を失っている。


「……その槍みたいなのは何だ?」俺は一番気になっていたことを尋ねた。


 それを聞くやいなや、朱音は突然手にしている長物を振り回しだした。


「なっ!?」


 武器の鋭い切っ先が、俺やレイナの顔スレスレのところを通過する。


「ちょっ!?」これには流石のレイナも驚いている。


 俺とレイナは慌てて朱音の槍から遠ざかった。


「へへ、かっこいいだろ? これは“朱き翼《あかきつばさ》”の大切なシンボルなんだ」


「……何だよ、朱き翼って」


 俺が尋ねると、朱音は待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「“朱き翼”ってのはだな、この日本の危機を救おうという崇高な理念にのっとった、素晴らしい団体なんだ」


「なるほど、つまり……悪徳新興宗教ってことか?」


 存在もしない“日本の危機”なる言葉を持ち出してくるあたり、そっち系を疑わざるを得ない。


「違う! ……まあ、オマエたちに説明したところで仕方ないか」


 朱音はひとり納得したように頷くと、MRDを装着した右腕を俺たちの方に突き出した。


「で、この赤い印のところへはどうやって行くんだ?」


 どうやら、本当に道を教えてほしくて声を掛けたということらしい。俺たちに対して何か怪しい勧誘をしようというつもりは無いようだ。であればと口を開こうとしたとき、レイナに腕を引っ張られた。


「ヒロキ、行きましょう。こんなお子様に付き合ってる暇はないわ」


 レイナはそう言うなり、ふいと踵を返してさっさと歩き始めてしまった。


 慌ててレイナの後を追いかけようとすると、朱音がいち早くレイナへと走っていき、肩をつかんだ。

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