6 再会
夏休み期間中ということもあり、昼の時間帯でも校舎の中に生徒の姿は無く、今日も潜入するのはそれほど難しくはなかった。しかし、途中で教師と思われる人物を遠くから目撃したため、周囲を警戒しながら翔の待つ教室へと戻った。
「おーい。昼メシ、買ってきてやったぞ」
翔は極度に集中している様子で、俺の声にも気付かず「ふーむ」と長く息を吐いて、真剣な表情でノートPCのディスプレイを見つめている。俺もPCディスプレイを覗いてみると、そこにはいくつかのウィンドウが開かれているが、一際真っ黒な背景のウィンドウの中で、一定の長さの白い文字列が延々と出力され続けている。恐らく翔は文字列の流れを監視しているのだろう。
俺はナポリタンの入った容器――翔の好物だ――を横の机に静かに置いてから、少し離れた場所に座っていたレイナの隣に腰を下ろした。
「相変わらずもの凄い集中力だよ、あいつは」
「そっとしときましょ。ああいう風に入り込んでたら、あんまりお腹はすかないものだし」
レイナはそう言いながら、持っていたビニール袋からシリアルバーと牛乳パックを取り出した。
「お前、まさか昼メシはそれだけか?」
「効率がいいでしょ」レイナは何故か得意げな顔だ。
「これ一本で炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、食物繊維が摂れる。理にかなった栄養食よ」
レイナは右手に持った牛乳パックを振って見せた。「さらにミネラルを牛乳で補えばパーフェクト」
ある意味とても理にかなっているのかもしれない。しかし、栄養補給ただ1点にのみ特化されたその組み合わせは、もはや食事と言えるのかどうか微妙なところだった。
俺が怪訝そうな顔をしていたのか、レイナは不満げな顔をした。「何か言いたそうな顔してるけど」
「いや……まあ、それで腹が膨れるならいいんだけど」
食事における考え方も人それぞれだ。俺はそれ以上議論をやめて、ビニール袋から自分のぶんの食べ物を取り出した。取り出したそれらを見て、レイナは目を見開いた。
「おにぎりにサンドイッチに炭酸飲料って……脂質と糖類ばかりじゃ身体に毒よ」
「俺が何を食べたって別に良いだろ」
「ふうん、まあいいけど。」レイナは肩をすくめた。「せっかく日本にいるんだから、もっと豊かな食生活を送れば?」
「それ、毎日シリアルバーだけ摂取してる女の子にだけは言われたくないな」
「なっ……別に毎日これ食べてる訳じゃないんだけど」
レイナはむっとした表情で遺憾の意を示した。俺はそれに気付かなかったことにして、自身のおにぎりを頬張った。美味いのか美味くないのか、よくわからなかった。ただの惰性で、食べる時間だから食べるだけ――最近の俺は、ずっとそんな感じだ。他人の食事にあれこれ文句をつけられる状態ではないかもしれない。
俺は無言でおにぎりを口に運びながら、午前中の出来事を思い返していた。朝から歩き回ってみたが、結局、そらのとの思い出が濃くなるばかりで、手掛かりと言えるようなものは神社の画像データくらいだった。その神社に行ってみても、特に何かを見つけることは出来なかった。そらのからのメッセージを、俺は読み解けなかったのだろうか……。
「ヒロキ、また何か考えこんでるでしょ」
ひと足先にシリアルバーを食べ終わったらしいレイナが、俺の顔を覗き込んできた。
「あの神社の画像に意味はあると思うか?」
俺の質問に、レイナは真剣な顔で頷いた。
「エリアシンクでわざわざ送られてきたことを考えると、きっと意味はあると思う。ソラノの意志がないと届かないはずのものだから」
「やっぱりそうだよな……」
もう一度神社の画像を眺めてみるが、画像自体に特段気になる箇所はない。となると、関係あるのは神社に居る人物なのかもしれない。神社で出会った巫女装束の女の子のことを思い出す。一度目は明らかに向こうから近付いてきた。二度目はこちらからの接触をなかったことにされた。それは一体、何を意味するのだろう。改めて話を聞きに行ったほうがいいのかもしれない――。
「それと、さっきの春菜って刑事も気になるな……なんでそらのの事故を捜査してたんだろう」
なぜ自殺と判断された事故について、刑事が捜査していたのだろうか。もしかしたら、自分たちには知らされていない、何らかの怪しい点があるのかもしれない。
「あの時は質問に答えることで精一杯だったけど、こちらからもっと質問をしておけば良かったかもな」
「でもそうしたら、私たちがソラノに関係があることがバレていたかもしれない」
「確かにな」
あの時点ではとにかく無難に話を終わらせるのが目的だった。しかし、何となく春菜のことはそのままにしておいてはいけないような気がした。いっそのこと春菜のMRDに連絡してみるか? いや、何か新しい情報を持ってる訳でもないのに、わざわざ連絡するのも不自然だ。もう一度会える機会があったらいいのだが――。
「そう言えば……」俺はふと思い出したことを口にした「昨日は、レイナも誰かと話すためにコネクトセンターに来てたんだよな?」
「……ええ」レイナは不意の質問に少し動揺した様子だった。
「大切な相手だった、とか……?」
「まあね」明らかにレイナの口は重くなっていた。「まあ……ヒロキたちにとってのソラノのような存在であることは確かね」
そう言ったきり、レイナは口を噤んだ。どことなく、それ以上深く尋ねることを拒む雰囲気が漂う。俺は質問するのをやめ、静かに炭酸飲料を口に含んだ。
「裕樹! お前のMRDを床に置いてくれ!」突然、翔が叫んだ。
「は? なんでだよ」
「いいから!」翔はなぜか楽しそうな表情をしている。
よくわからないまま、俺は自分のMRDを腕から外して床に置いた。すると、俺たち3人の真ん中に、人型のようなホログラムが浮かび上がってくる。
「あ……」俺は思わず声を漏らした。
長い髪に、大きなリボン。白いワンピースを身にまとった、すらりとした身体。その形が鮮明になるにつれ――俺がずっと追い求めていた人物が目の前に現れたことがわかった。目を閉じたそらのが、ゆっくりと身体を起こしていく。俺たちの間を流れる空気が熱を帯びていく。
「そらの……」その熱に浮かされるように、俺はそらのの名を呼んでいた。
すると、そらのは俺の呼びかけに応えるように目を開いた。
「あれ? ヒロくんだ。また会えたね」
あのコネクトセンターで見た時よりも、遥かに鮮明なそらのが、そこに居た。そらのは何が起こっているのかわからない様子で、キョロキョロと周囲を見回した。
「ここって、もしかして、わたしたちの通っていた高校かな?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり!」そらのの表情がパッと明るくなる。「なんだか懐かしい場所だな~と思ったんだよね。でもなんで、ヒロくんと学校の中に居るんだろう? あ、これってもしかして、わたしの夢の中みたいな感じかな?」
「いや、そういうのではないんだけど……」
思わず、翔を振り返る。「翔、俺にも説明してくれ」
「コネクトセンターのシステムに入り込んで、そらのちゃんの記憶にアクセスするのは、意外となんとかなったんだよね」
翔は得意げに笑いながら答えた。
「ただ、話がしたいってなった時に、毎回ノートPCのディスプレイをいちいち覗きこむのは面倒だろ? こっちの方が、そらのちゃんと顔を合わせて話してる、って感じがするしさ」
翔はそれが当然だろ? というような口ぶりで答えた。こんなことが可能になるとは、思いもしなかった。
「翔……お前やっぱ凄いな!」
「いや~そうなんだよねこれが!」翔は両手の親指を立てた。
ここは素直に感謝の念を述べておくべきだろう。
「マジで凄い。たった半日でここまで辿り着くとは、グッジョブだぞ翔」
俺と翔のやりとりを見て、そらのも何かを察したらしく、翔に笑顔を向けた。
「なんだかよくわからないけど、こうやってまたお話出来るのは、翔くんのおかげなんだね。ありがとう」
「フフ、あまり褒めるなよ……俺の実力を考えれば当たり前だろ?」
「褒めてほしいのか、褒めてほしくないのか、どっちなんだ」
笑いながら俺はレイナの方を見た。レイナはまるで星空を見ているかのような表情で、そらのを見つめていた。
「あれ? 初めましての方、だよね?」そらのがレイナの方に気付き、声を掛けた。
「あ、ええ……私は、折笠レイナ」
「レイナちゃんって言うんだ、可愛い名前だね。わたしは瑞梨そらのだよ、よろしくね」
「ありがとう……でも、可愛いのはあなたよ、ソラノ」
「ふふ、レイナちゃんって優しいんだね。なんだか照れちゃうな」
初対面であるにも関わらず、そらのはレイナともう和やかな雰囲気になっている。俺がそらのを見つめていることに気付いたのか、そらのは俺に向かって手を伸ばした。
「ヒロくん、また会えたね」
思わず俺も手を伸ばした。互いの手が本当に触れ合うことは、もちろんない。それでも俺は、自分の手をそらのの手に重ねた。遠くからなら、本当に握手しているように見えるかもしれない。しばらくそうしたあと、どちらともなくゆっくりと手を戻した。
「さーて、感動の再会も果たしたところで」翔がそそくさと機材を片付け始めた。
「どうした?」
「そろそろ、ここは出たほうがいいかなーと思ってさ」
「もう出るのか? 夕方くらいまではここで身を隠すつもりなのかと思ってたけど」
「同感ね」レイナは腕を組みながら俺に同意した。「もう少しソラノから色々話を聞いてみた方が良いと思うし」
翔はばつが悪そうな顔をしながら頭をかいた。
「いやー、実はさっき、やまのんに見つかりかけてさ」
やまのんとは、高校時代に俺たちの担任だった山野という教師のあだ名だ。翔の話を聞いて、ここに戻ってくる途中で遠くから見かけた人物のことを思い出した。
「そういえば、ここに戻ってくる途中で教師らしき人を見かけたな。あれ、山野先生だったのか」
「そういうこと。だから、あんまり長居するとヤバいかなーって思ったんだよ」
「なんか、翔くんがそういう真面目なこと言うの、珍しいね」そらのが真剣な口調でそう言った。
「ふうん」レイナがいたずらっぽい笑みを浮かべた。「カケルは高校時代から好き放題してたのね」
「何だよー。俺も少しは大人になったってことだよ」少女ふたりからの追及に翔はうなだれた。
「そらのちゃんには悪いけど、いったんアクセスを切るぜ」
「わかったよ。それじゃ、また会おうね」
翔がノートPCを操作すると、バイバイと手を振っていたそらのの姿は消えていった。俺とレイナは翔に背中を押されて、半ば無理やり視聴覚室の外へと出される形となった。




