5ー2 国家権力
急いでARディスプレイを表示させて、送られてきたデータを呼び出した。
「これは……神社?」
「ああ。大符魂神社だな」
それは、この辺りで最も大きい神社である、大符魂神社が写された画像データだった。
「どうして神社の画像データが? ここに何かあるの?」
レイナの反応はもっともだった。近所にある神社の画像データ。他の人にとっては、何の意味の無い画像に見えるだろう。しかし、俺とそらのにとって、この場所は特別な意味を持つ。
「この神社、そらのがよく通ってた場所なんだ。俺も付き添いでよく行ってた。といっても、いつも入り口で待ってただけなんだけど」
「なるほど」レイナは神妙な面持ちで頷いた。
「他人から見れば取るに足らないものに見えても、本人たちにとっては情報量の大きなデータになる」
レイナは一度目を閉じて深呼吸をしてから、俺の方を見た。その表情には知的な笑みが浮かんでいる。
「だから誰にも消されることなく、ヒロキ、あなたに届けることができると考えたのかもしれない」
この画像データは、生きていたそらのからのメッセージなのだろうか。
「だったら、その神社に行ってみるのはどう?」レイナはARディスプレイを指さした。「ソラノが何か大切なものを預けたり、誰かに伝言を残したりしているのかもしれない」
* * *
生前のそらのに導かれるような思いで、大符魂神社へとやってきた。境内には強烈なまでの夏の光が差し込み、木々が濃い影を作っている。
「立派な神社ね」荘厳な石造りの道の上を歩きながら、レイナは興味深そうに周囲を見回している。
「そうだな。かなり歴史があるらしい。よく祭りなんかも開かれてる」
「祭り……そうなの?」
そう言ったが、今日は特に行事の予定はないらしく、境内の人影はまばらで静けさが漂っている。
「歴史のことはよくわからないけど……ここの雰囲気は好き」
レイナは空を見上げて、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。肺を通る空気の清涼感を楽しんでいるようだった。
「どこか空気が違って、とても落ち着くから」
「そらのも同じことを言っていたな」
そらのはこの大符魂神社が好きだった。ふたりで歩いている途中でも、たびたびそらのは神社に寄り道をしていくことがあった。俺と出会う前から、そらのはひとりでこの神社に訪れていたらしい。そして俺と出会った後も、そらのはひとりで行くことを望んだ。だから、俺は決まって鳥居の下でそらのを待っていた。理由は聞かなかった。習慣というやつなのだろう。
参道に植えられた楠にとまるセミの声。
風に揺れる葉の音。
遠くから俺を呼ぶそらのの声が聞こえるような気がした。
鳥居の向こうから、今にもそらのが手を振ってやってきそうで――。
「ヒロキ……?」
レイナの声で、俺の意識は現実に戻った。
「どうしたの、ぼんやりして」
「ああ……すまん」
そらのとの思い出がある場所に久しぶりに訪れたせいか、どうしてもそらのが居た時のことを思い出してしまう。本当に俺はぼんやりしてばかりだ。だが、レイナはそれ以上追求することはしなかった。
「どう? ここにソラノの手がかりはありそう?」
俺は改めて境内を見渡したが、あまり見覚えのある物は見つかりそうになかった。
「正直言って、俺はあまりこの辺まで入ったことは無いんだ。そらのはいつも、ひとりでここに来たがっていたから――」
そらのはどうしてこの神社に訪れていたのだろう?
ああ、こうなる前に、そらのに聞いておくべきだったな――。
もっと、そらのの話を聞きたかった。
もっと、そらののことを知りたかった。
今になって、後悔することばかりだ。
レイナは少し落胆した様子で「そう……」と答えた。
一度、翔の元に引き返した方がいいかもしれない。そう思い始めたとき、社務所からひとりの巫女が出てきて、俺たちの前を横切ろうとするのが見えた。それは唯一、この場所で見覚えのある人物だった。間違いない。昨日、ケーキ屋の傍で見かけた少女だ。俺は巫女の少女に駆け寄った。
「あの、すみません」
少女は足を止めて、俺の方をチラリと見た。
「……あなた、昨日の夕方、すれ違いましたよね?」
俺の質問に、少女は何も答えなかった。表情も変えず、こちらの様子を伺っている。
「ほら、駅前のケーキ屋の前で……覚えてませんか?」
「いえ、夕方は毎日お勤めがありますから……人違いではないでしょうか」
巫女の少女はゆったりとした仕草で首を傾げ、静かな口調で答えた。
人違いのはずはないのだが――。
「すみません。失礼します」
「あっ、ちょっと……」
巫女の少女はそれ以上話す気はないらしく、俺の呼び掛けを無視し、礼をするだけで立ち去ってしまった。
「今の巫女の人だけじゃなくて、いろんな人に聞いてみましょうよ」俺の肩をポンと叩きながらレイナが言った。
「ああ……そうだな」
それから一時間ほど、境内で見かけた人にそらのの画像を見せて回ったが、詳しく話を聞けそうな人は他にいなかった。仕方なく、俺たちはコンビニエンスストアで食べるものをいくつか買ってから、翔の元へ戻ることにした。




