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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 02 〈九重朱音 編〉

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9ー2 朱き夜

 秋月さんは、再び椅子に座り直すと、床をキックして椅子を動かし、入力端末の上に手を構えた。


 変化はすぐに訪れた。カメラの映像を映すモニターに映ったのは、秋月家の敷地内のそこかしこに、突如ARディスプレイが現れる様子だった。そして――


――警告:あなたは私有地に無断で侵入しています。


 そんなテキストが、ARディスプレイに表示され始めたのだ。モニターの映像では、動いているエージェントたちが、一斉に足を止めるのが見えた。そして、更に――


「はぁーいっ! こちら、アッキーこと秋月でーすっ! セーフティストラテジー社のみんなーっ! 元気してるーっ!?」


――何の脈絡もなく、敷地内全体に女の子の声が響き渡った。秋月さんは、カメラやセンサーの他に、スピーカーもそこかしこに仕込んであったらしい。


「今日は、わざわざ遠いところまで来てくれてお疲れさま! でもでも、か弱いオンナノコの家に、無理やり入ってくるなんて、ダメだぞ! ぷんぷん!」


 脳髄にキンキンと刺さる、女の子の甲高い声が、次から次へと流れてゆく。これは、昨日ARディスプレイで表示されていた、秋月さんのアバターの声だ。


 秋月さんの方を見ると、彼は口を動かしていなかった。なるほど、あらかじめ収録していた音声ということか。しかし、この緊迫した状況で、こんな声が流れ出すとは。戦意を喪失してしまいそうなくらい、シュールな光景だ。


「でも、このまま帰ってくれれば、ギリ許してあげなくもないよ! アッキー、心が広いから! だ・け・ど……もし、あと一〇秒以内に、引き返さなかったら……分かってるよねー?」


 そこで一旦、秋月さんは音声を止めた。一応、エージェントたちに猶予を与えるつもりなのだろう。だが、結論から言えば、一〇秒も待つ必要はなかった。モニターの中のエージェントたちが、音声が途切れたのと同時に、敷地内の奥へと一斉に踏み込み始めたからだ。


「まあ、分かってはいたが、こんな脅し文句で退散するわけないか……はーあ、アッキー、がっかり。君たちのこと、信じてたんだけどな〜……」


 横に居た秋月さんが、地声でアッキー調のセリフを呟いていた。


「でも、しっかたない、かぁ……」


 秋月さんは再び端末を操作して、ARディスプレイの表示を変えた。


――警告:私有地への無断侵入を検知しました。反撃を開始します。


「英介の恨みを晴らさせてもらうぞ! この下衆どもがッ!」


 秋月さんの咆哮が、敷地内に響き渡った。


 モニター上に映っているのは、全部で六人。他の二人はカメラの死角に入っているのだろう。母屋の玄関の前、秋月家の庭、そして母屋の裏口だ。それぞれ、二人一組で進んでいる。秋月さんの指が、端末の上を滑った。それはまるで叩きつけるような苛烈さで、踊るような軽やかさだった。


 まず、何かが放たれる音が聞こえた。それから、風を切る微かな音。その直後、遠くの方で、野太い男の悲鳴が聞こえて来た。モニターに併設されているスピーカーからではない。直に耳に届くほど、強烈な声だった。


 モニターを見てみると――庭を歩いていたチームの、片方が倒れている。


 良く目を凝らして映像を見ると、彼の背中には、矢のようなものが突き立っていた。こいつはまだ生きているのか、それは分からないが、死ななかったとしても、相当な重傷のはずだ。


(……ボウガンか何かの罠が発動したのか?)


 恐らく、母屋を取り囲む木々の中に、秋元さんが仕掛けた仕掛けのひとつなのだろう。複数回発射されたようで、母屋の壁に外れた矢が突き刺さっている。


「んー。惜しいな」秋月さんは無感情でそう言った。どうやら、もう一人には命中しなかったようだ。彼は素早く地面に伏せて、続く矢を回避していた。だが、一人仕留めただけでも充分な戦果だろう。


 モニター上の変化は、これだけでは無かった。母屋の裏口のチームにも動きがあったのだ。二人のうちの一人が、裏口のドアに手を掛けて、鍵がかかっていないことを確認する。そうして、中に入るために、いざ、ノブを捻った。


「そうれ、ビリビリー、っと」


 そう秋月さんが言うと同時に、端末のキーボードを叩いた瞬間――またも悲鳴が聞こえ、ノブを捻ろうとした人物はその場に倒れた。モニターに映る裏口のドア周辺を良く見ると、ノブ付近が青白い光を放っている――ドア自体に、電流が走っているのか。倒れたエージェントはぴくりとも動かない。


 一撃で意識を失わせるとは、一体、どれだけの電流を流されたのだろう。残ったもう一人は、突如仲間を襲った強烈な電撃に、あからさまに狼狽していた。裏口の前で座り込み、周囲を警戒している。


 今日の昼間、準備をするためにと秋月さんから家を追い出されたが、こういうことだったのか。なるほど、俺たちが邪魔になるわけだ。


 そしてもう一か所――次は母屋の玄関の方だ。二人のうち一人が、引き戸に手をかけるのがモニターに映されている。こちらには、電流は流れてはいないらしく、そっと引き戸を開けて、中に侵入していった。


 まず一人が母家へと踏み込み、そしてもう一人が、背後を警戒しつつそれに続く。土足のまま廊下に上がり、銃を構えながら進む。そこで、彼らあからさまに困惑し始めた。


――宙に浮かぶ、一機のドローン。


 玄関の奥の、客間へと続く廊下から、それは現れた。そのドローンは、その場にそぐわない呑気さを放っていた。まるで蝶のように軽やかに、宙を舞っている。しかし、秋月製作所謹製のドローンが、このまま穏やかでい続ける筈は無い。


「作るだけ作って、放置していたものだから、上手くやれるかは分からないが……」


 秋月さんはそう言いながら、別のキーを叩いた。


「食らえっ」


 秋月さんの言葉に答えるように、ドローンからは無数の〝弾〟が発射された。まるでマシンガンのような弾幕が、瞬時に展開される。ドローンはその機体を左右に傾け、廊下中に〝弾〟を撒き散らしてゆく。モニター上でもはっきりと分かるレベルで、黒い物体が乱舞するのが見えた。エージェントたちは、拳銃をドローンへ構え、即座に発砲する。映像が、立て続けにマズルフラッシュで白飛びする。


 だが、暗闇の中で素早く動く物体に対し、まともに照準できるわけもなく――二人のエージェントの全身を、〝弾〟が穿ち、再び断末魔が静寂を破った。彼らはまるで磔にされたように、立ったまま引き戸に体を張り付けていた。


「……秋月のおっさん、あんな物騒な銃火器、いつの間に手に入れたんだ」


 凄惨な光景に、朱音が息を呑みつつ呟くと、秋月さんは淡々と答えた。


「言っておくが、アレには銃火器は乗せていない。さすがに、そんなものは手に入らないし、作れないからな」

「じゃあ、あれはなんなんだよ? 明らかに、弾丸みたいなものが発射されてたんだけど……」


「釘だよ」と秋月さん。


「釘……ですか」


 あれは、釘だったのか。拳銃の弾丸にしては、やけにはっきりとモニターに映るなとは思ったが――


「リベットガンというのを知っているか? 釘を撃ち出せる銃を、改造してドローンに搭載したんだ。射程はそんなに長くないし、弾数もそんなに多くはないが――狭いところで撃てば、ああなる」


 釘は、先端を突き刺して使うもの。強烈な勢いで撃ち出せば、肉体を抉ることなど容易なのだろう。彼らは文字通り、玄関に釘で〝打ち付けられた〟というわけか。


「試作だから、急所を上手く外す、なんてことができないんだ。他の罠はともかく、ひょっとしたら死ぬかもな、彼ら」


 どうやら、先ほどの上手くやれるかどうか分からない、という言葉は、〝上手く殺れるかどうか分からない〟という話だったようだ。


「まあ、どうなろうと構わん。奴らに同情する余地はない」


 吐き捨てるように言った秋月さんの顔は、無表情のままだ。だが、その内部、心の奥からは、強い怒りが発せられているのを感じた。


(そうだよな……秋月さんも、親友を殺された深い怒りを、これまでずっと抑え続けて、今日まで生きてきたんだ)


 秋月さんが仕込んだ罠により、四人のエージェントが倒れた。これで半分。残りは四人だ。このまま秋月さんに任せておけば、何とかなるかもしれないんじゃないか――そんな甘い考えが、一瞬頭の中をよぎった。


「……! 朱音!」

「ああ。見てる」


 モニターの一角。この製作所の近くに、二人のエージェントが近づいてきているの様子が映っていた。今まで、カメラに映っていなかったチームだろう。母屋ではなく、先に製作所をクリアリングしてから、ということか。


「おっさん。この製作所にも、今みたいな罠はあるのか?」

「あるにはある……が、数で攻め込まれると、対応しきれる自信はないな」


 冷静な口調で、秋月さんは答えた。


「そうか……そんじゃ、やることはひとつだ」朱音が俺の方を見た。「アタシたちが前に出て、秋月のおっさんを守る。いいな? ヒロキ」


 元よりその覚悟だ。俺は「ああ」と頷いて、手にした盾を改めて握り直した。


(これで、朱音を守るんだ――何が何でも)


「二人とも気を付けてくれ」


 秋月さんの言葉に、俺と朱音は静かに頷いた。

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