8ー4 小さな狼煙
「えっ!?」朱音が驚きの声とともに後ろに跳ねた。
MRDから発せられた光は、墓石の下から上をなめるようになぞり――俺たちの目の前に、ホログラムの中年男性が現れた。
「……父さん」
「え?」
じゃあ、この中年男性が、英介さんということなのか?
「ごほん、えー……もういいのかな、喋って」
英介さんのホログラムは、少しはにかみながら、話し始めた。
「朱音、元気か?」
「……」朱音は呆気に取られている。
「いや、もしかしたら朱音じゃない可能性もあるんだが……一応、俺の希望ってことで、そういう前提で話をさせて欲しい」
「なんだそりゃ」と朱音。
「今これが再生されているということは、君、もしくは君たちは、九重家の墓の前に居るということだと思う。ということは、私はもうこの世に居ない、ということだ……はは、一度言ってみたかったんだよな、この台詞」
「何言ってんだか……」呆れた様子で突っ込みを入れる朱音。
「そこに居るってことは、秋月のやつも手伝ってくれたんだろうな。まあ、あいつにも適当に礼を言っておいてほしい」
英介さんは両手を後ろに組み、姿勢を正した。
「さて、このホログラムは、俺のMRDが、その墓石の文字を認識しないと起動しないことになっているんだが……正直、この解除方法は、誰にも気付かれない可能性が結構高いと思っていた……いや、現時点では、まだ思っている段階だが、とにかく、無事たどり着いてもらえて良かったよ」
そこまで言って、英介さんは足元に目線を落とし、暫く黙っていたが、やがて「朱音」と呟き、顔を上げた。
「俺はお前に大したことをしてやれなかった……その上、こんな重荷まで背負わせてしまってすまないと思っている。だが、これはお前にしか出来ないことだ。だから、この情報を、お前に託す」
直後、英介さんのホログラムが唐突に消え、MRDはARディスプレイを表示させ、映像を投影し始めた。
「……! ここは、あのアパートじゃないか」
そこに映されていたのは、数日前、俺たちが英介さんのMRDを見つけたアパートの一室だった。部屋の真ん中で、英介さんらしき人物が、机の上の資料を熱心に読んでいるのが見える。音声は録音されていないらしく、無音のままだ。
ふと、英介さんの視線が、手元の資料から玄関の扉の方へと移り、立ち上がった。誰かが訪ねてきたのだろうか。そして、英介さんが玄関の扉の鍵を開けた――その直後、扉が乱暴に開け放たれ、複数の男がなだれ込んできた。
「あ! こいつ……!」
その男の姿を見て、朱音が小さく叫んだ。
――岩垣達夫。
あの白髪の男が、あの時と同じように、いやらしい笑みを浮かべながら、複数の男を引き連れて、英介さんの部屋に踏み込んできたのだ。英介さんが岩垣を両手で突き飛ばそうとすると、その周囲の男たちが英介さんをなぎ倒した。そして、岩垣はジャケットの懐に手を入れ――。
「……!」
取り出された拳銃。岩垣はそれを英介さんの方へ向ける。だが、英介さんは怖じ気づく様子は一切なく、鋭い視線を岩垣に向け、何事かを叫んでいる。
「何やってんだよ、馬鹿……!」朱音が悲痛に叫んだ。
そして――岩垣の手にしていた拳銃が閃光を放った。弾ける鮮血。英介さんはそのまま後ろに倒れ、動かなくなった。
「く……」朱音は今にも泣きそうになりながらも、目を背けること無く映像を睨み続けている。
そして、倒れた英介さんの視線もまた、この映像を映しているカメラの方へと向けられていた。男たちはそんな英介さんに構う様子もなく、部屋の中を物色し始めた。岩垣だけが、英介さんの顔をのぞき込んでいる。
そして、英介さんの視線の先にあるカメラの方を見て――映像は、そこで途切れた。
「さて、どうだったろうか?」ARディスプレイは消え、入れ替わるように英介さんのホログラムが再び現れた。
「いや、実際のところ、自分で見れる訳でも無いので、あまり自信が無いんだが、ここ最近……と言っても、君たちにとっては過去の話だが、俺は何者かに監視されているような気配を感じている。不穏な匿名メッセージもMRDに届いているし、何かが起こっているのは、まず間違いないだろう。恐らく、俺が今日まで行ってきた取材の資料に、何かしらの真実が隠されているんだろう。俺自身、それが何なのか、まだ分かってないけどな」
英介さんは後頭部を掻きながら、大きなため息を吐いた。
「残念だが、俺が生きている間に、その真実は見つけ出せないんじゃないかと思っている。だから、隠しカメラを部屋の中に仕掛け、さらに映像の末尾10分のデータを常にMRDに送っておくようにしておいた」
英介さんは再び沈黙した後、苦しげに言った。
「恐らくその瞬間、俺は殺されることになるだろう。もしかすると、この映像データ自体が、何らかの証拠になりうるかもしれない」
確かに、英介さんの思惑通りとなった。この映像は、間違いなく、岩垣が犯した犯罪の瞬間を捉えているのだから。
「ふふ、俺を狙ってる奴らも、こちらがここまで用意しているとは思っていないだろうな。父さんのこと、見直しただろ?」
英介さんはどこか得意げな表情でそう言った。その表情は、どこか朱音に似ているような気がした。
「はは、無茶するなあ、ほんと……」これには流石に朱音も苦笑している。
「さて」英介さんはひとつ咳払いして言った。
「俺から伝えたいことはふたつだ。ひとつめは、今見た映像データをしかるべき機関に送り届けて欲しい、ふたつめは、このMRDの中の資料の解析だ。特に、映像データに出てきた人物に関するものを当たれ。これには時間が掛かると思う。だから、俺を消した奴らに悟られないようにやってくれ……と言っても、このMRDを見つけた時点で目はつけられちまってるかもな。ははは、すまん」
「笑い事じゃねーよ、まったく」そう言う朱音の様子は、まるで英介さんとリアルタイムに話をしているかのようだ。
「朱音、お前は俺の娘だ。どんな境遇になっても、戦い続ける根性と頑固さが、お前の中にもきっとある――だから、頼んだぞ」
そう言い残して、英介さんのホログラムは消え去った。朱音は立ち上がって、ゆっくりと英介の墓石を、右手で優しく撫でた。
「朱音……」
何か声を掛けようと、口を開いたのと同時に、朱音は俺の方へ振り返り、両手で俺の身体に抱き着いてきた。
「何も言うなっ」朱音は顔を俺の胸にうずめたまま言った。「何も言わずに、ちょっとだけ、このままにしてて……」
今にも泣きそうな声で、朱音は言った。
今まで、すがるものを失い続けて、今日まで生きてきた女の子。そんな女の子の心の救いに、少しでもなれば――俺は朱音を抱き返した。小さい身体は、熱をまとっていた。それは、温かいを少し超えた、朱音の温度だった。
「……ヒロキって、時々、カッコいいな」
「時々、だけどな」
「ヘヘ……」
そうして、俺と朱音は、蛍の光に包まれた静寂の中、しばらく抱きしめあった。




