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【本編完結済】Memory's Dogma - 記憶をデータ化できる2030年の日本で巻き起こる脳科学×異能サスペンス  作者: 高橋ワタル
CODE: 02 〈九重朱音 編〉

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8ー1 小さな狼煙

「せぁッ……!」


 威勢の良い声とともに、朱音は手にした薙刀(なぎなた)の刃――木で出来た模造刀だ――を横に薙いだ。


「ぐ……!」


 俺は手にしている木刀を右に思い切り振って、朱音の薙いだ刃を弾いた。朱音の薙いだ刃と腕に強い衝撃が走る。


「はぁッ……!」


 俺は木刀を両手でしっかりと握りしめ、振り上げる。そして、朱音の左肩目掛けて木刀を振り下ろした。だが、朱音は軽く後ろに飛ぶことでそれを容易く回避した。勢いを付けた木刀の刃が地面に叩きつけられ、俺の身体も引っ張られて前のめりになる。


「そんな大振りじゃ誰にもあたらないぞ!」


 朱音が動く気配が視界の上に見え、俺はなんとか体勢を戻して刃を前に構えた。


「うわっ」右足をすくわれる感覚。低くなった視線を無理に上に戻そうとした隙を朱音は突いてきたのだ。「うぐっ!」俺の身体はバランスを崩し、仰向けに地面に叩きつけられた。


「ほら! 早く起き上がらないとやられるぞ!」


 容赦ない言葉と同時に、背中に蹴りを食らわせられた。


「ごっ……がっ……」


 身体を縮めこませているうちに、朱音が次々と俺の身体へ蹴りを入れてくる。このままでは起き上がるのは難しい。


「く……っそ!」


 俺は身体ごと横へ転がり、朱音と距離を取った。何とか立ち上がると、朱音は先ほどの場所に立ったまま、木刀を構えてこちらを眺めていた。


「今ので三回は死んだな」


 なるほど、朱音は俺に手加減をしてくれているようだ。


「まだまだ!」


(朱音が薙刀を構える前に、先に攻撃を打ち込んでやる!)


 そう考えた俺は、間髪を入れずに朱音の方へ飛び込んだ。今度は上に振り上げず、左から右へと木刀を振り抜いた。だが、俺の刃は朱音に当たることなく空を切った。


「なんだよ~。刀身がアタシのところまで届いてないぞ!」


 一方朱音は、そこから一歩も動くこともせずに、その様子を見ていた。


「間合いを考えろ! 自分と相手の持ってる武器の間合いの違いを常に意識するんだよ」


 どうやら、お互いの距離や武器の間合いから、俺の攻撃が当たらないことを分かっていたようだ。今度は、朱音が薙刀をこちらへと突き出してくる気配。そう感じた時には、既にこちらへと刃先が伸びてきていた。横へ振り抜いた刃を戻して防御するには間に合わない……!


「うっ!」直感的に右へと身体を転がした。左頬に風が通る感覚があったが、身体に痛みは無かった。朱音の攻撃を上手く回避することが出来たようだ。


「一撃目をかわして安心するな!」


 あっ、と思った時には、右手から木刀が離れていくのが見えた。その後、右手から右肩へと衝撃が走った。朱音が俺の右腕へ回し蹴りを当てたのだ。木刀が地面を転がっていく。つい、そちらの方へ視線を動かしてしまった。その間に、朱音の身体が俺の懐へと入り込んで来ていた。視線を戻す頃には、朱音の左肘が俺の腹部へと放たれていた。


「うぐッ!」


 みぞおちを二回突かれ、強い痛みと、喉の奥が強く締められる感覚が襲った。


「がっ……」


 必死で呼吸をしようとしているうちに、再び足をすくわれる感覚。なすすべなく、俺は再び地面へと倒れ込んだ。


「はぁ、はぁ……」

「勝負あったな」


 そう言いながら、朱音は倒れた俺を覗き込み、悠々とした表情をこちらに向けた。


   *


「アタシは、ここに残る」


 朝一番、朱音はそう言い放った。


「え?」

「昨日、話しただろう? 全員がやられたら終わりなんだ」


 秋月さんの口調は冷静だったが、その表情は少し動揺しているように見えた。朱音は真っ直ぐ秋月さんの方へと視線を向けて、再び口を開いた。


「秋月のおっさんが、アタシを守ってくれようとしてるのは分かってる。父さんのことで、気を遣ってくれてることも、ありがたいと思ってるよ。でも、アタシだって……」


 朱音の表情は悲しみを帯びていく。


「もう……自分以外の誰かが死ぬのはイヤなんだよ。逃げて生き残ったって……大切だった人たちが居ない人生なんて――そんな人生、生きる意味なんてない!」

「朱音……」

「アタシは、誰かを守れるアタシになるって、決めたんだ。ここで逃げたら、また同じことの繰り返しになる。秋月のおっさんを、こんなところで一人で死なせる訳にはいかねーんだ」


「おいおい」秋月さんは苦笑した。「まだ死ぬと決まった訳じゃないだろう。私はそもそも、戦って勝とうなどとは思っていない」


「……ごめん。秋月のおっさんには悪いけど、何と言われようと、アタシはここに残る」


 朱音の力強い言葉。自分だけが生き残ってしまった少女の悲痛な決意に、俺も秋月さんも何も言えなくなってしまった。秋月さんは腕を組んで、暫く考え込んでいる様子だった。ただ、朱音の決意を揺るがすことは、俺にも秋月さんにも出来なさそうだ。


「朱音が残るなら、俺もここに残る」


 だから、俺はそう朱音に言った。


「は? 何言ってんだよ。ヒロキをこのことで巻き込むつもりはねーよ」

「俺だって、あの岩垣(いわがき)っていう男に見られてるんだ。ここから逃げたとしても、追いかけられる可能性はある」


 むしろ、その可能性は高いと言えるだろう。もし、一人であの男と対峙したら、それこそ生き残れる可能性はゼロに等しい。


「だったら、力を合わせた方がいい。そうじゃないか?」

「でも……」


 朱音は俺を案じているのだろう、心配そうな口調だ。


「……分かった」


 そこへ、ずっと沈黙を保っていた秋月さんが、静かに口を開いた。


「え?」

「楠原氏がここに残ると言うのであれば、朱音、君が守ってやりなさい。それが、ここに残る条件だ」


 朱音は暫く不服そうな表情をして、足下を睨み付けていたが――


「……分かったよ」


 不承不承ながら、朱音はそう言ってこちらの方を振り向いた。そうして、俺と朱音は秋月さんとともに、ここに籠城することにしたのだった。


   *


 そんなやりとりがあり、俺は朱音に戦闘の特訓を受けることとなったのだった。


 朱音曰く、何もしないよりマシだということだが、やはり朱音と俺では、あまりにも力量の差がありすぎる。体を起こしながら、俺は痛む脇腹を右手でさすった。


「負けは、認めるけど、そんなに殴らなくても……いてて」

「ヒロキは1つの行動の後に隙がありすぎるんだよ」


 そう言いながら、朱音が手を差し伸べてくれた。


「ああ、ありがとう」


 俺はその手をつかみ、立ち上がる。


「全ての行動は、自分と目的とを繋ぐ線の間の、1つの点でしかないんだ」


 朱音は手にした薙刀の刃を、素早く俺の方へと向けた。


「戦う目的は何だ? 相手を倒すことか? 逃げるための隙を作ることか? このあたりがふわっとしてると、途中の動きにも迷いが出る。迷いが隙を生み、そしてヒロキは死ぬ」


 そう言って、朱音は薙刀の刃で俺の腹へ軽くつついた。


「はい死んだ、くくく」


 自分でやったことが自分で面白くなったのか、朱音は小さく笑ってから、薙刀を俺の身体から引いて、自身の身体の横に構え直した。


「相手を倒すより、無力化する方が簡単。相手を無力化することより、逃げる隙を見つけるほうが簡単。自分の状況から、どれが最適なのかを常に考えるんだ。そして、その目的に辿り着くまで、迷い無く進むこと。それが勝つために必要なことなんだ」

「うーん、朱音の言ってることは分かるけど、自分の命が危険にさらされてたら、正確に判断を下すのは難しいんじゃないか?」


 俺の言葉に、朱音は少し沈黙してから、再び口を開く。


「命を掛ける価値のある目的――アタシの心の中にはそれがある。それさえあれば、迷いは消える。ヒロキ……お前の中には、あるか?」


 命を掛ける価値のある目的。


――それは、ある。


 俺の中にある目的のことを、俺は強く意識する。


「……とは言っても、やっぱ、いきなり戦えるようになる訳ないか」


 朱音は少し残念そうな表情で言った。そのことは、俺自身が一番痛感していることだ。


「だな……」だから、素直に頷いた。「ごめん、朱音。やっぱり、俺が戦いに参加するのは、足手まといにしかならない」


「だな」朱音は俺の自虐を否定することなく、即答した。


「はは、何のフォローもなしか」

「当たり前だろ。変なことやらせて、ヒロキを死なすわけにはいかねーし」


 朱音は腕を組んで「うーん」と何やら考え事をし始めた。俺をどう戦いに活かすか……というより、どう死なせないようにするか、というのを考えてくれているのだろう。


「おーい!」


 そこへ、秋月さんが俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、秋月のおっさんが呼んでる……ま、ちょっと違う作戦を考えよーぜ。行こう」

「ああ」


 俺と朱音は、秋月さんの方へ向かった。


 そして、秋月さんの手に持っている〝それ〟を見て、絶句した。

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