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第9話:『ゴミ捨て場に、用はありませんわ』

フェンリルの街は、かつての荒廃が嘘のように整然としていた。

アルティナが考案した魔導式の街灯が夜道を照らし、石畳は塵一つ落ちていない。だが、その平和な空気の中に、明らかに異質な気配が紛れ込んでいた。


「――出てきなさい。三、二、一」


領主館のテラス。

月明かりの下で紅茶を楽しんでいたアルティナが、虚空に向けて冷たく言い放つ。

茂みが揺れ、漆黒の装束に身を包んだ男たちが数人、音もなく姿を現した。アルティナの母国――グラナード王国が放った。隠密部隊(密偵)だ。


「……さすがはグラナードの至宝。我らの隠れ身を見破るとは」


「隠れるなら、魔力の揺らぎを〇・〇三パーセント以下に抑えるべきでしたわね。素人の暗殺ごっこに付き合うほど、私は暇ではありませんの」


密偵のリーダー格が、芝居がかった一礼をして、一通の親書を差し出した。


「アルティナ様。カイル第一王子からの伝言です。『君の不在により国は混乱している。過ちを認め、結界を再構築しに戻るなら、これまでの無礼を許し、側妃として迎えてやろう』とのことです」


静寂。

次の瞬間、アルティナの口から洩れたのは、軽蔑に満ちた失笑だった。


「側妃?……ふふ、あの方は、自分の首が何本の(リスク)で繋がっているかも理解していないようですわね。ゴミ捨て場に戻る趣味はございませんと、そうお伝えなさい」


「交渉決裂、というわけか。ならば――力ずくでも連れ戻すまで!」


密偵たちが一斉に抜刀し、アルティナへ飛びかかる。

だが、彼女が鉄扇を動かすよりも早く、テラスの天井を突き破るほどの勢いで「それ」が降ってきた。


「――俺の女に、安っぽい鉄を向けてんじゃねぇよ」


轟音と共に着地したのは、愛剣を肩に担いだレオンだった。

放たれた凄まじい闘気だけで、密偵の一人が気絶して崩れ落ちる。


「レオン殿下。天井の修理費は、貴方の私費から出しておきますわね」


「けち臭いこと言うな。それよりこいつら、どうする?細切れにして国境に並べてやるか?」


レオンの黄金色の瞳が、獲物を狙う獣のように光る。

震え上がる密偵たちを無視して、アルティナは優雅に椅子に座り直した。


「いいえ。一人だけ五体満足で返してあげなさい。……『追放された女の慈悲で、今日だけは首が繋がっていると自覚しなさい』という伝言(メッセージ)と共に」


アルティナは、魔法で密偵のリーダーの懐に、一枚の「請求書」を転移させた。


「それは、私がこの地を整備するのに費やした演算コストの請求書ですわ。……王冠を売っても足りないでしょうけれど、破産の準備くらいは進めておくことですわね」


レオンが不敵に笑い、密偵たちを蹴散らしていく。

遠ざかる悲鳴を聞きながら、アルティナは冷めた紅茶を見つめ、静かに「チェックメイト」までの手順を書き換えた。

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