第8話:『商談(ゲーム)のルールを教えましょう』
フェンリル領が急速に活気づく中、領主館に一団の男たちが現れた。
この地域の流通を独占してきた商業ギルドの幹部たちだ。彼らは、アルティナが導入した「適正価格の義務化」と「新物流網」によって、自分たちの利権が侵されることを恐れていた。
「アルティナ様。我々はこの地で長く商いをしてきた。新参の女が勝手に市場のルールを変えられては、困るのです」
代表の太った商人が、慇懃無礼な態度で書類を取り出した。
それは、街への食料供給を一時停止するという、実質的な「脅し」の通告だった。
「我々が手を引けば、明日から街の市場にはパン一つ並ばなくなる。……どうか、賢明な判断を」
アルティナは、差し出された書類を一瞥もせず、手元の紅茶を優雅に啜った。
沈黙が流れる。商人が焦れたように口を開こうとした瞬間、アルティナは静かにカップを置いた。
「……三十二秒。貴方が、私を脅すために用意した『命綱』がどれほどの太さか計算するのに、それだけかかりましたわ」
「な、何だと?」
「貴方たちが溜め込んでいるいる備蓄の在庫数。裏で繋がっている隣領の悪徳商人との契約内容。そして――今朝、貴方の倉庫が私の命令で差し押さえられたことも」
商人の顔から一気に血の気が引いた。
「さ、差し押さえ……!?何の権利があって!」
「脱税、および禁輸品の隠匿。……この地において、私の演算を逃れられる不正など存在しませんわ。今この瞬間、貴方のギルドは解散(倒産)です」
アルティナが指を鳴らすと、執務室の扉が開き、レオンが連れてきた帝国の精鋭騎士たちが一斉に入ってきた。
「なっ、レオン殿下まで……!」
「悪いな。俺も『無駄』な中間搾取は嫌いでね。この女が言うには、お前らを排除した方が、領地の利益が三割上がるとのことだ。……お前らの資産、すべて没収して街の再建費に充てさせてもらうぜ」
レオンが不敵に笑う。アルティナは絶望に崩れ落ちる商人たちを見下ろし、閉じられた鉄扇を顎に添えた。
「勘違いしないでください。私は『商売』を否定しているわけではありません。……ただ、私の盤面で、非効率な不正を許さないだけですわ。代わりの商人は、すでに王都から適正な者たちを呼び寄せています」
アルティナの徹底したリスク管理と先読みの前に、利権に溺れた者たちはなす術もなく排除されていく。
街の住人たちは、自分たちを苦しめていた高利貸しや独占商人が一掃されたことを知り、ますますアルティナを「慈悲深き女神(もしくは恐るべき守護神)」として崇めるようになっていった。
執務室に残されたレオンは、アルティナの背中を見て感心したように肩をすくめた。
「相変わらず容赦ねぇな。……だが、これでフェンリルはあ完全に『お前の街』になったわけだ」
「いいえ。ここはまだ、私が目指す『絶対防壁』の土台に過ぎませんわ」
アルティナの瞳は、遠くの母国の空を見据えていた。
そこでは、自分を捨てた者たちが、自ら招いた混沌に喘ぎ始めていることを彼女は知っている。
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