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第2話:『国境の狂犬と、美しき軍神』

国境を隔てる「断絶の森」。

アルティナを乗せた馬車は、荒れた夜道を静かに進んでいた。

数時間前まで自分を敬っていたはずの馭者は、すでに懐を王子からの賄賂で膨らませ、彼女を森の深淵で「事故死」させる機会を伺っている。


だが、アルティナは馬車の中で優雅に足を組み、手にした鉄扇で膝をトントンと叩いていた。


「……三、二、一。チェック(王手)ですわ」


呟きと同時。

森の茂みから、銀色の閃光が奔った。

鋭い風切り音と共に、馭者台にいた男の喉元へ一本の矢が突き刺さる。声もなく崩れ落ちる男をよそに、アルティナは自ら扉を開け、外へと踏み出した。


「誰だ!賊か!?」


護衛の騎士たちが抜剣するが、その動きはあまりに鈍い。

暗闇から現れたのは、黒い漆黒の鎧を纏った一団。そして、その中心で一際巨大な大剣を肩に担いだ男が、野性味溢れる笑みを浮かべて立っていた。


「……噂通りの度胸だな、グラナード公爵令嬢」


隣国・レムリア帝国の第一皇太子、レオン・ド・レムリア。

戦場では「レムリアの狂犬」と恐れられ、アルティナがかつて唯一「攻略」に三日を要した宿敵である。


「お久しぶりですわ、レオン殿下。野盗のような真似をなさるなんて、相変わらず趣味がよろしくなくて」


「はっ、死にかけた女が言うセリフかよ。……お前の国の結界が消えた瞬間、嫌な予感がしてな。国境を越えて迎えに来てやったんだ」


レオンはアルティナの目の前まで歩み寄り、その鋭い黄金色の瞳で彼女を射抜くように見つめた。

通常の令嬢なら腰を抜かすほどの威圧感。だがアルティナは、不敵に口角を上げたまま、至近距離で彼を見返した。


「迎え?私は『亡命者』ではなく、自ら『投資先』を選びに来ただけですわ」


「投資だと?」


「ええ。私という『最強の盾』を所有するのにふさわしい国かどうか、貴方の背中で確かめさせていただきたいのです」


一瞬の沈黙。

次の瞬間、レオンは腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。


「面白い!婚約破棄されて命を狙われている最中に、この俺を品定めしようって言うのか。……いいだろう、アルティナ。お前が俺の『盾』になるなら、俺はこの世のすべてからお前を『守る』と誓おう」


「守る、ではなく『独占する』の間違いじゃなくて?」


アルティナが鉄扇をレオンの胸元に突きつける。

レオンはその扇を素手で掴み、彼女を力強く引き寄せた。


「違いない。……お前は今日から、俺の隣に立つ唯一の女だ」


母国の空には、アルティナが消えたことで結界が綻び、不吉な魔力の赤光が混じり始めていた。

それを背に、軍神令嬢は「狂犬」の手を取り、新たな戦場へと歩み出した。

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