97,押し寄せる不安と突然のチャイムと立ち尽くす伸
「そういうの、伸くんは嫌なの?」
伸が、はっとしたように顔を上げる。
「僕はいつも、伸くんとしたいと思ってる。伸くんと部屋で二人きりになったら、したくてたまらなくなって、いつも僕から求めているけど、そういうの、迷惑だった?」
思えば、いつでも、伸が有希の激情を受け止める形で行為が始まるけれど、今までに、伸のほうから激しく求めて来ることなどあっただろうか。
もしや伸は、積極的で淫乱な有希に辟易しているのだろうか。今まで一度もそんなふうに考えたことはなかったが、不意に不安が押し寄せる。
だが伸は、有希の顔を見つめながら言った。
「違うよ。ユウが真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれることがうれしいし、俺だって、ユウとしたいと思ってる。しているときのユウの反応も、体の隅々までも、全部大好きだよ。
だけど、ユウのことを愛しているし、大切に思っているからこそ、お母さんの立場になって考えたら、とても複雑な気持ちになるんだ」
「伸くん……」
伸が、優しく微笑んだ。
「おかしなことを言ってごめん。せっかく一緒に過ごせる大切な時間なのに、不安にさせて悪かったね」
「うぅん」
有希は、思わず涙ぐむ。
「僕こそ、突っかかってごめん」
「いいんだ。思ったことを率直に話してくれてうれしい。ユウのそういうところも好きだよ」
照れ笑いをしながら涙をぬぐう有希に、さらに伸が言った。
「泣き虫なところも」
痴話げんかのような会話を交わした後、結局は、すぐに仲直りして、他愛ないことを言い合いながら寿司を食べていると、突然、玄関のチャイムが鳴った。二人は箸を止めて、思わず顔を見合わせる。
伸が小声で言う。
「何かな」
有希が首をかしげていると、さらにチャイムが鳴った。伸が、そろそろと立ち上がる。
「荷物が届く予定はないけど……」
そう言いながら、玄関に向かったのだが。
大きな手提げを持って入って来たのは、伸の母だった。後からついて来た伸は、呆然として言葉も出ない様子だ。
伸の母は、食卓で、食べかけの寿司を前に座っている有希を見てぽかんとしている。
「……あら。西原くん……」
「あっ。こんにちは……」
「近くまで来る用事があったから、ついでにお惣菜を……」
そう言いながら伸の母は、不審そうに二人を見比べる。伸と有希は、お揃いのセットアップを着ている。
「あっ、僕も、近くまで来て……」
近くまで来たからと言って、お揃いの部屋着でくつろいでいるのは明らかにおかしいが、なんとかごまかさなければと有希は必死だ。
「お店の残り物だけど、伸、まだ肩が……」
伸の母も動揺しているようで、どこか言動がおかしい。そこで、ようやく伸が口を開いた。
「お母さん。僕たちは、その、親しくしているんだ」
「……そうなの」
そう言ってから伸の母は、手に持っていた手提げを、伸に向かって突き出した。
「まだ料理をしたり、買い物に行ったりするのは大変だろうと思って、適当に見つくろって持って来たのよ」
「あぁ。ありがとう」
伸が手提げを受け取る。
「じゃあ、お母さん、もう行くわ。用事の途中だから」
それから伸の母は、有希のほうを向いて、硬い笑顔を見せて行った。
「ごゆっくりね」
「はぁ……」
「伸くん」
伸の母が出て行ったドアを向いたまま立ち尽くしていた伸は、有希の声に、ようやく振り向いた。まだ呆然とした表情で戻って来ると、ゆっくりと椅子に腰かける。
有希は、不安になって、再び呼びかける。
「伸くん……?」
「あぁ。大丈夫だよ。いや、びっくりした……」
「僕も」
まさか、伸の母がいきなり訪ねて来るとは思わなかった。だが、十分予想出来ることではあったのだ。
ただ、二人とも、それを失念していただけで。
伸が、虚空を見つめたまま言った。
「やっぱり、話をしないとな」
「……え?」




