96,優しくついばむようなキスと見舞いの寿司折と浮かない顔の伸
写真に見入っていると、伸が言った。
「むさ苦しくてごめん」
「そんなことない。すごくセクシーでかっこいいよ」
「そうか?」
有希は、少しだけ後悔していた。伸の顔を見たことで、余計に会いたくなってしまった。
黙り込んでいると、伸が言った。
「時間は大丈夫? そろそろ授業が始まるんじゃないの?」
「あぁ。そうだね」
とても寂しくなって、なんだか泣いてしまいそうだ。
「じゃあ、授業頑張って」
「うん……」
「ユウ?」
「……何?」
「ごめんよ」
有希は、こぼれた涙をぬぐいながら言った。
「だから、謝らないでよ……」
翌日の放課後、伸の部屋に行った。髪を整え、髭もきれいに剃った伸が、笑顔で迎えてくれた。
靴を脱ぎながら聞く。
「怪我の具合はどう?」
「うん。少しはよくなったような気がする」
「『ような』?」
「昨日の今日だから、それほど変わらないけど、右肩をかばいながら生活することにいくらか慣れたよ。着替えも出来るし。左手で歯を磨くのは、ちょっと大変だけど」
「そう……」
「ユウ?」
うつむく有希の肩に、伸が左手で触れた。
「どうかした?」
「うぅん」
少しはよくなったから、有希がいなくても大丈夫だと言われたような気がして寂しくなったのだが、もちろん、それが自分のひがみでしかないこともわかっている。有希は、伸の顔を見上げ、その穏やかな瞳を見つめた。
有希の気持ちを察したように、伸の顔が近づき、唇が触れる。優しくついばむようにしながら、伸は左手で有希を抱き寄せた。
伸の怪我は、少しずつ回復し、土曜日になった。伸は翌週から仕事に復帰すると言っているので、この土日は、二人でゆっくり過ごせる貴重な時間だ。
いつもならば有希は、伸の仕事が終わる夕方に部屋に来るのだが、今日は午前中から来ている。たっぷり愛を交わし合ってシャワーを浴びた後、今は遅い昼食のために食卓に着いたところだ。
寿司折を開きながら、伸がつぶやく。
「なんだか、罪悪感があるな」
有希は、小皿に醤油を注ぎながら言う。
「どうして?」
「だって、こんなに豪勢な……」
それは、有希の母が、伸の見舞いにと言って、行きつけの寿司屋に作らせ、有希に持たせてくれたものだ。
「いいじゃない。お見舞いなんだから。ここのお寿司、すごくおいしいんだよ」
有希は、母とともに小さい頃から通っていて、大将にも女将さんにもかわいがってもらっている。
伸が、しょんぼりとうつむいている意味がわからない。特上の握りに喜んでくれるかと思ったのに。
「伸くん、お寿司嫌い?」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど、ユウと、散々あんなことをした後で、お母さんが持たせてくれたお寿司を食べるのは……」
あんなこととは、つまり愛の行為のことか。ここのところ、伸の怪我を気にしながら控えめにしていたのだが、今日は、その怪我もずいぶんよくなったし、朝から一緒にいられることでテンションが上がって、有希は、かなり乱れてしまったのだが。
「なんていうか、お母さんの大切な一人息子のユウに、とても口に出せないようなことをいろいろした後でこれを食べるのは、申し訳ないというか、肩身が狭いというか……」
「そんなこと」
有希はむっとして、今しも口に運ぼうとしていたイクラの軍艦巻きを、折に戻す。
「そんなこと、関係ないでしょう? ママだって、部屋に泊まってなんにもないなんて思ってやしないよ。
もちろん、母親としてはうれしくはないかもしれないけど、それも含めて僕たちのことを認めてくれているんだから。そうじゃなかったら、お寿司なんて持たせてくれるわけないでしょう」
「うん。そうだね」
うなずきながらも、伸はまだ浮かない顔をしている。
「だって、僕が伸くんとしたいからしてるんだよ。伸くんのことが大好きだし、すごく……」
伸といろんなことをしたり、一つになったりすることは、恥ずかしくもあるけれど、とても幸せだし、すごく、気持ちいい。だが、もしかして。




