95,次から次へと溢れ出る涙と屋上から送るメッセージと伸の写真
有希は、母の顔を見る。
「伸くんが困ることはしたくない」
「そうね。私はこういう仕事を長くしているから、いろんな人を見ているし、同性愛が悪いことだとは思わないわ。でも、一般的な親御さんは、理解しようとはしても、なかなか受け入れることは難しいかもしれないわね。
それでも有希は、安藤さんが二人のことを隠していることが悲しいの?」
そうなのだろうか? 自分は、伸が困難をものともせずに、母親や世間に向かって、有希のことを恋人だと宣言してほしいのだろうか。
もちろん、母の言うことはよくわかる。シングルマザーとして生きることを選択した母も、きっといろいろな経験をして来たことだろう。
そういう母だからこそ、いつも有希の気持ちを理解し、優先してくれているし、母の言葉には説得力がある。
「だけど、伸くんが辛いときに、そばにいられないなんて嫌だ……」
次から次へと涙が溢れ出し、もう朝食どころではなくなった。
有希は、母にうながされ、なんとかオレンジジュースだけを飲んで、制服に着替えるために自分の部屋に行った。本当は学校に行く気になどなれないが、そういうわけにはいかない。
いつか伸も言っていたけれど、自分がいい加減なことをして、そのために伸との付き合いを止められることだけは避けたい。
伸と離れて生きて行くことなど出来ない。伸は自分のすべてなのだ。
一方で、少し母に申し訳ない気もする。伸と出会うまで、自分は母のことが大好きで、友達と遊ぶことよりも、母と過ごすことを優先していたのに。
もちろん、今も母のことは、伸とは別の意味で大好きだけれど。
一人になりたいときは、いつもそうするように、昼休みに屋上に行った。フェンスに寄りかかって腰を下ろしながら、伸にメッセージを送る。
朝、電車の中からメッセージを送ったのだが、既読にはなったものの、返信はなかった。怪我のせいで、文字を打つことが出来ないのかもしれない。
――今、昼休みで、一人で屋上に来ています。伸くん、怪我の具合はどうですか? 何か困っていることはありませんか?
送信した後、じっと画面を見つめていると、既読になった後、すぐに電話がかかって来た。
「もしもし?」
「ユウ。朝もメッセージをもらったのに、返信出来なくてごめん」
「うぅん」
「左手じゃ、うまく文字が打てなくてね」
「そうじゃないかと思ってたよ。大丈夫? お昼ご飯は食べた?」
「ありがとう。ちゃんと食べたよ」
「薬は飲んだ?」
電話の向こうで、伸がふふっと笑ったのがわかった。有希はあわてて言う。
「ごめん。なんかお母さんみたいなこと言って」
「いいよ。ユウが心配してくれてうれしい」
「それならいいけど」
それから有希は、恐る恐る切り出した。
「今日の放課後だけど……」
だが、伸が言った。
「さっき母から電話があって、店を早めに閉めて、夕方来るって」
わかってはいたが、やはりがっかりする。
「そう……」
「ごめんよ。本当はユウの顔が見たいけど」
すまなそうにする伸に、有希は、あえて明るく言い返す。
「そんな、謝らないでよ。お母さんがお世話してくれるなら、僕も安心だし。あっ、ちょっと待って」
有希は、空をバックに笑顔で自撮りをして、伸に送信した。
「今、写真を送ったから見て」
「あぁ。すごくかわいいね」
「そう? 伸くんが、『ユウの顔が見たい』って言ったから」
伸が笑い声を上げた。
「ありがとう。うれしいよ」
「よかった。ねぇ、伸くんの顔も見たい」
「えっ。朝起きたときのままで髪がボサボサだし、髭も剃っていないよ」
「それでも見たい」
「わかったよ」
少しの間があってから、軽く微笑んだ伸の写真が送られて来た。少し乱れた髪はセクシーだと言えないこともないし、髭はそれほど目立たないが、光の加減のせいか、目の下に隈が出来ているように見えるし、心なしか頬がこけている気がする。




