94,複雑な気持ちと言わずにいられないことと込み上げる涙
学校を休んで世話をすると言おうとしたのだが、伸に遮られた。
「学校に行かなくちゃ駄目だよ。俺なら大丈夫だよ。薬を飲んで安静にしているから」
「……わかった」
出がけに、青い顔をしている伸に、そっとキスをした後、有希は言った。
「放課後、また来るよ。何か必要なものがあったら持って来るけど」
だが、伸が言う。
「大丈夫だよ。それから、悪いけど、来るときは連絡をくれないかな。もしかすると、母が来るかもしれないから」
「あ……そうだね。わかったよ」
たしかに、伸の母だって、伸のことを心配しているだろうし、怪我をした息子の世話をしにやって来るのは当たり前だ。伸の母は、伸と有希の本当の関係を知らないのだから、昨日のように鉢合わせしては困る。
それは十分にわかっているし、もちろん、伸に迷惑をかけるつもりはないのだが、それでも、やはり複雑な気持ちだ。だが、そんなふうに感じることは、我がままなのだろうか……。
タクシーで家に帰り着くと、母が玄関で迎えてくれた。
「おかえりなさい。安藤さんの怪我はどうなの?」
「うん。ただの打撲だって。でも、すごく痛そうで、今朝は、昨日より痛む範囲が広がったって言って、とても辛そうだった」
「そうなの。心配ね」
話しながら、ダイニングルームに向かう。朝食を取ったら、もう出かけなくてはいけない。
手を洗い、テーブルに着きながら、有希は言った。
「ママは、やっぱり、僕と伸くんの関係はおかしいって思う?」
母が、有希の顔をのぞき込む。
「急にどうしたの? 何かあったの?」
「そういうわけじゃないけど……」
有希は、うつむきながら話す。
「男同士だし、年の差もあるし。それに、その、部屋に泊まったり……」
こんなことを、朝食の席で母親に向かって話している自分こそ普通ではない気がするが。母が微笑む。
「ママは、あなたたちの気持ちが真剣だっていうことがわかっているし、安藤さんのことも、とても誠実な人だと思っているから、二人のことを認めているけど、こういうふうに考える人は少ないでしょうね。
でも、正直なところ、部屋に泊まったりするのは、まだ早いと思っているわ。今回のことは仕方ないにしても」
やはりそうなのか……。
「でも、伸くんは、僕にとって特別な存在なんだ。僕は別に、男の人が好きなわけじゃないよ。僕には、伸くんだけなんだ」
母が、戸惑ったような顔をする。
伸との本当の関係、つまり、自分が伸のかつての恋人の生まれ変わりだということを話せない以上、本当の理解が得られないことはわかっている。たとえ話したところで、理解されないであろうことも。
それでも、言わずにいられない。
「伸くんと、ずっと一緒にいたい。もしも伸くんと別れることがあったなら、僕はもう、一生誰かを好きになることはないよ。
ママは、今はそう言っていても、先のことはわからないって思っているでしょう? でも、そうじゃない」
しゃべりながら、涙が込み上げる。どう言えば理解してもらえるのかわからない。
「有希……」
「伸くんも、ずっと一緒にいようって言ってくれている。だけど、僕たちのことを伸くんのお母さんに知られたらいけないから、僕は……」
伸の母だけでなく、ほかの誰にも関係を知られてはいけないのだ。今までは、伸と一緒にいられれば、それだけでいいと思っていた。
だが、関係を公表出来ない以上、何かあるたび、自分は伸から離れ、身を潜めていなくてはならない。今日のように、伸のことが心配でならなくても、そばにいることが出来ない。
これでは、もしも伸の身に、もっと深刻なことが起こったときにも、自分は近づくことさえ出来ないかもしれない。
涙をぬぐう有希に、母が言った。
「有希は、安藤さんのお母さんに、二人の関係を知ってもらいたいの?」
「それは……」




