92,なんだか楽しいことと胸がきゅんとすることと下着まですべて脱がせること
「じゃあ、カレーにしようかな。ユウも好きなのを選んで」
「僕は……ナポリタンを食べてもいい?」
「いいよ」
「あと、サラダも一緒に食べようね」
レンジの前で、カレーが温まるのを待ちながら、有希はにやける。こういうの、なんだか楽しい。
もちろん、伸の怪我は心配だが、利き腕が使えないのだから、ここは僕が食べさせてあげないと。スプーンで掬ったカレーを伸の口元まで持って行って、「あーん」とか……。
だが、そう提案した有希に、伸は言った。
「そんな、大丈夫だよ。スプーンやフォークなら、左手でもなんとかなるし」
有希は、にやにやしながら言う。
「伸くん。恥ずかしいの?」
すると、思いがけず、伸の顔が見る見る赤くなった。
「ばっ……馬鹿な。いや……恥ずかしい」
うつむく伸を見て、有希は、声を上げて笑った。
「伸くん、かわいい」
結局、伸は有希の提案をかたくなに拒み、左手でスプーンを持って、ぎくしゃくしながら、時間をかけてカレーを食べた。有希は、少しがっかりしたものの、顔を赤くして照れる伸も、ぎこちない仕草でカレーを食べる伸も、やっぱり好きだと思う。
大人で、穏やかで、いつも有希を包み込むように接してくれる伸の弱い部分を見ると、胸がきゅんとする。いつもは伸に守られてばかりだけれど、自分も伸を守りたいと思う。
湿布薬とともに処方された鎮痛剤も、シートから錠剤を出して、伸の手のひらにのせてやり、薬を口に含んだ伸に、すかさず水の入ったグラスを差し出した。
いつも伸がレギュラーコーヒーを淹れてくれるのだが、今日は初めて、伸に教わりながら、有希がコーヒーを淹れた。
「はいどうぞ」
伸の前にカップを置く。
「ありがとう。いただきます」
伸は微笑んで、カップを口に運ぶ。
「どうかな……」
おいしく淹れられたかどうか自信がない。だが、一口飲んで、伸がにっこり笑った。
「とてもおいしいよ」
「よかった……」
有希はほっとする。もっとも、粉や、お湯の分量も注ぎ方も、すべて伸の言う通りにしたのだから、おいしく出来て当たり前なのだが。
後片付けをする有希に、伸は何度も言った。
「ありがとう。悪いね」
「いいよ、気にしないで。こんなときくらい、いつものお返しだよ」
そして、洗い物を終えた有希は、タオルで手を拭きながら、食卓の伸に向き直って言った。
「ねぇ。シャワー、浴びるよね」
「……あぁ」
「伸くん、自分で洗えないでしょう?」
「あ……」
伸が、はっとしたような顔をする。
「僕が洗ってあげる」
「いや……」
今までに、有希が体を洗ってもらったことは何度かある。有希が、そうしてほしいとねだったのだ。
だから、今日は……。いつも、体を洗うだけではすまなくなってしまうのだが……。
だが、実際には、甘やかなことばかり考えてはいられなかった。まず、伸は、自分でシャツのボタンを外すことに、ひどく手間取った。
それで、有希がボタンを外し、シャツを脱がせようとしたのだが、袖から腕を抜こうとした伸が、顔を歪めてうめき声を漏らした。
「うっ……」
「大丈夫!?」
「あぁ……」
どうやら、腕を動かすと、ひどく痛むらしい。
「そのまま腕を下に下ろして」
そう言って有希は、背中側から、下に向かってはぎ取るようにして、そっとシャツを脱がせた。肩には湿布薬が貼ってある。
「これ、はがしていいの?」
「あぁ。頼む」
有希は、恐る恐る湿布をはがしたが、やはり肩は腫れ、内出血もしている。
「痛そう……。ねぇ、やっぱり今日はまだ、シャワーを浴びないほうがいいんじゃない?」
有希の言葉に、伸が苦笑する。
「上半身裸にさせて、湿布もはがして、今さら言う?」
有希は、伸の顔を上目遣いに見る。
「もしかして、下も脱がせてほしいの?」
結局、照れ笑いをする伸の下着まですべて脱がせ、自らも服を脱いで、バスルームに入った。生まれて初めて、自分以外の誰かの髪と体を洗った。




