91,ひねり出した言い訳と再び徒歩で部屋に戻ること
有希は、頭をフル回転させて、言い訳をひねり出す。
「学校の授業で、職業について調べていて、レストランのことで話を聞こうと」
確か、小学生のときに、社会科でそんな授業があったと記憶しているが、高校生ではおかしいだろうか……。すかさず、伸も言い添える。
「そうなんだ。それで、うちに来る約束になっていたんだよ」
そんな用事で部屋まで来るのは、それこそ不自然だと思うが、仕方がない。だが、伸の母は言った。
「そうなの。えらいわねぇ」
「あっ、でも、その話は、また改めて」
「そうだね。また今度、別の日に」
有希と伸は、お互いに目配せをしながら言葉を交わす。内心、冷や汗ものだ。だが、伸の母は、疑う様子も見せずに、有希に向かって言った。
「あら、そうなの? ごめんなさいね」
そして、お茶を一口飲んでから、今度は伸に向かって言う。
「本当に一人で大丈夫なの? 着替えとか食事とか」
「大丈夫だよ。店はしばらく休むことになるけどね」
伸の母は、車で病院に向かい、ここまで伸を乗せて来たのだという。それで、帰り際に有希に言った。
「お住まいはどちら? 近くならお送りするわよ。なんなら駅まででも」
断るわけにもいかず、有希は答えた。
「じゃあ、駅までお願いします」
そして、駅まで送ってもらい、改札の前で車を見送った後、徒歩で、再び伸の部屋に戻って来た。
玄関のドアを開け、顔を合わせるなり、二人して笑った。
「いや、びっくりしたな。まさか鉢合わせすることになるとは思わなかった」
「本当だよ。言い訳するのに必死だったんだから」
話しながら部屋に上がり、食卓の椅子に向かい合って座る。
「ユウ、ずいぶん上手にごまかしたじゃないか」
「冷静に考えたら変だと思うけど……」
「いや、うちの母なら大丈夫さ」
ひとしきり笑い合った後、有希は言った。
「伸くん、怪我は大丈夫なの? 痛いんでしょ?」
「あぁ。肩を動かすとね」
「じゃあ、僕がお世話してあげる。怪我が治るまで、ここに泊まろうかな」
伸が、なんとも言えない表情で有希を見る。
「いや、さすがに泊まるのは……」
「でも、痛いんでしょう?」
「少し我慢すれば、なんとか……」
「決めた」
そう言って、有希はスマートフォンを取り出す。
「ママに電話するよ。伸くんが怪我したって言えば、泊まっていいって言うに決まってる」
「ユウ……」
ずっととは言わなくても、せめて今夜くらいはそばにいて、伸の手助けがしたい。たまには、伸の役に立ちたいのだ。
事情を説明すると、母は渋々ながら、泊まることを認めてくれた。電話を切って、心配そうに見つめている伸に言う。
「今夜だけならいいって。でも明日からは泊まらなくても、怪我が治るまで毎日来るからね」
伸が、ほっとしたように微笑む。その顔を見て、有希も微笑む。伸が喜んでくれていることが、とてもうれしい。
それから有希は、おもむろに立ち上がり、伸のそばまで行った。椅子に座ったままの伸が、不思議そうに見上げている。
有希は言った。
「伸くん。今日はまだ、してなかったね」
そして、伸の左肩に手を置くと、かがみ込みながら、伸にキスをした。伸は、キスに応じながら、有希の腰に左手を回す。
こんな体勢でするのは初めてだ……。
いつもならば、このままベッドに移動して、もっと先の行為まで進むのだが、伸が怪我をしている今日は、そういうわけにもいかない。有希は、唇を離した後、火照る体を起こして言った。
「伸くん。ご飯はどうするの?」
伸も、キスの後の切なげな表情を浮かべたまま言った。
「病院から帰って来る途中で、母に言われてスーパーに寄って、出来合いのものを買って来たんだ」
「そうか」
「たくさんあるから、ユウも一緒に食べよう」
「うん」
冷蔵庫の中には、パックに入った総菜や、レンジで温めればすぐに食べられるような食品がたくさん入っている。有希は、伸を振り返って聞いた。
「伸くん、何にする?」




