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90,既読にならないメッセージとぎょっとしたことと右腕の三角巾

 答えは、とてもシンプルだ。これからもずっと、伸と愛し合いながら生きて行きたい。心も体も、深く。

 

 有希は、伸に身をゆだねる。さっきしたばかりなのに、もう体が反応して、恥ずかしい形になっている。

 

 

 

 あの日以来、生野から連絡はない。彼のことをうとましく思ったこともあったし、伸に会いに行ったと知らされたときには、一瞬、嫌がらせなのかと思ったりもした。

 

 でも、実際は、有希のことを思っての行動だったのだとわかった。自分でも言っていたように、なんの得にもならないにも関わらず。

 

 結局、生野のおかげで、伸との仲は、より深まった。なんだか申し訳ない気はするが、素直に感謝しよう。

 

 新天地での生活が落ち着き、いつか彼に、新しい恋が訪れることを願う。

 

 

 

 その日も、有希はいつものように、伸に何度かメッセージを送った。だが、あるときから既読にならなくなった。

 

 きっと仕事が忙しいのだろうと思い、あまり気にしていなかったのだが、夕方になって電話をかけると、電源が切られていた。

 

「伸くん……」


 スマートフォンを見つめながら、思わずつぶやく。自分の部屋のベッドの上だ。

 

 何かあったのだろうか。いや、そんなはずはない。多分、急に本部に行くことになったとか、イレギュラーな仕事が入っただけだ。

 

 そう自分に言い聞かせていたのだが、もう一度、電話をかけて繋がらなかったとき、我慢が限界に達した。有希は、部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットのドアを開ける。

 

 これから、伸の部屋に行ってみよう。仕事ならば帰っていないかもしれないが、それならそれでいい。

 

 ここで悶々としているより、仕事中だとわかるだけましだ。どうせ一人で家にいたって、何もすることはないのだから。

 

 

 

 伸の部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに奥から足音が聞こえた。なんだ、帰っているんじゃないか。

 

 顔を見たら、文句を言って、すねて、その後いっぱい甘えよう。そう思ったのだが、ドアが開いた途端、有希はぎょっとした。

 

「あら。あなたはいつかの……」


 顔を出したのは、一度だけ会ったことがある、伸の母だった。

 

 有希は、どぎまぎしながら言う。

 

「あっ。あの、安藤さんは……」


 ちらりと奥に目をやってから、伸の母は言った。

 

「どうぞ、お入りになって」


 おずおずと入って行くと、食卓の椅子に座っている伸と目が合った。伸は、右腕を三角巾で吊っている。

 

「それ……」


 伸が、お茶を淹れている母を気にしながら言う。

 

「食品庫の整理をしているときに、棚が倒れて来てね。肩を強打したんだよ。


 年代物の棚だから、ビスが劣化していたみたいで」

 

「大丈夫なの?」


「あぁ。ただの打撲だよ。骨はなんともない。大した怪我じゃないのに、中本が実家に電話したもんだから」


 伸の母が、振り返って微笑む。

 

「電話をいただいて、びっくりして、あわてて病院に行ったのよ」


 伸が苦笑する。

 

「あいつ、大げさなんだよ」


「お茶どうぞ。えぇと」


 伸の母が、有希の顔を見る。

 

「あっ、西原です。以前、安藤さんにアルバイトでお世話になって……」


 それだけで、こうして部屋まで訪ねて来るなんておかしいとは思うが、とっさに、うまい言い訳が思いつかない。だが、伸の母は、にこやかに言った。

 

「いつか、うちにいらした頃かしらね」


「あぁ、はい」


「さぁ、座って。これ、うちの店で出しているものですけど」


 そう言いながらすすめてくれたのは、手作りのチョコチップクッキーだ。

 

 食卓には、椅子が二脚しかないので、伸の母は、シンクを背に立ったままお茶をすすっている。

 

「なんか、すいません」


「いいのいいの」


 恐縮する有希に、伸の母は微笑む。有希は彼女のことを、いつも笑顔を絶やさない、素敵な人だと思う。

 

「それより西原くん、今日はご用があっていらしたんじゃないの?」


「あっ、えぇと……」

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