89,甘えたい気持ちとなぜか今日は荒々しい伸と「もう一度する?」
「いや。それは大丈夫だったよ。裏口にゴミを出しに行ったときに声をかけられたんだ。
言葉も丁寧だったし、とても礼儀正しかったよ」
「それならいいけど、何度か教室で、きわどいことを言われたことがあったから」
「ふぅん」
伸が微笑む。
「彼は、本当にユウのことが好きなんだな」
「そんなの、困るよ」
伸に甘えたい気持ちになっている。有希は、唇を尖らせて言った。
「僕は、伸くんしか目に入らないもん」
「ユウ……」
「やっぱり僕は、伸くんのことが大好き。まだ少し、頭が混乱しているけど、もう面倒くさいことは言わないよ。
伸くんが、僕を愛してくれているっていう、それだけで十分。だから、これからも、ずっと一緒にいたい」
「ユウ」
泣き笑いのような表情をした、伸の目が潤んでいる。
「伸くん」
有希は、がたんと音を立てて椅子から立ち上がった。
「しよう」
もう体の奥が疼いている。したくてたまらない。今すぐに。
伸も立ち上がり、手を差し出して言った。
「おいで」
いつもは、有希の体を大切に扱ってくれる伸が、なぜか今日は荒々しかった。だが、有希は返って興奮し、感じ、こらえきれずに何度も声を上げた。
果てた後も、汗みずくの体をぴたりと寄せ合ったまま、二人して、激しい呼吸を繰り返す。細いプラチナのチェーンが、濡れた肌に張りついている。
ようやく呼吸が静まった頃、有希は、伸の腕の中でつぶやいた。
「伸くん、すごかった……」
伸が、耳元で言う。
「ごめん。痛かった?」
「うぅん」
すごくよかったとは、恥ずかしくて言えない。また、あんなふうにしてくれてもいいけれど……。
有希が、密かに照れていると、伸が意外なことを言った。
「俺はおじさんだし、もしもユウに、ほかに好きな人が出来たなら、引き止めたりせず、笑顔で送り出すつもりだったんだ。ユウが幸せになるなら、それでいいと思っていた。
でも今日、そんなのはきれいごとで、自分の本心じゃないって思い知らされたよ」
有希は顔を上げる。
「どういうこと?」
「今日、生野くんに会って話をして、ユウのことを誰にも渡したくないって、強く思ったんだ」
有希は、思わずにやけてしまう。
「それって……」
伸が、有希の体に回した腕に、ぎゅっと力を入れた。
「ユウが、学校で彼と言葉を交わしたり、目を合わせて笑い合っているのかと思うと、胸が苦しくなる」
有希は、伸の胸に頬をつけたまま言った。
「伸くん、焼きもち焼いてるの?」
「あぁ。焼いてる」
うれしい。伸が、そんなふうに思っていたことも、その気持ちを素直に認めたことも、たまらなくうれしい。
有希は、伸の腕をほどいて伸び上がり、唇にちゅっとキスをしてから言った。
「そんな心配はいらないよ。僕はいつだって、伸くんしか目に入らない。それに生野は、学校をやめて引っ越すんだよ」
「えっ。そうなの?」
「お父さんの会社が倒産したんだって」
「そうなのか。それは気の毒だな」
優しい伸は、表情を曇らせる。
「これから先、大変だろうと思うし、気持ちに答えられないことは申し訳ないと思ったよ。でも僕は、生野のことを恋愛対象としては見られないし、僕には伸くんしかいないんだ」
生野にキスされて、体が疼いたことは内緒だ。でもきっと、あれは、だだの条件反射に違いない。
伸とキスをして、その後で、いつも愛し合っていたことを体が覚えていたのだ。あのとき体は、伸を求めていた。
「これからもずっと、伸くんと一緒にいたいし、何度も何度も、数えきれないくらい愛し合いたい。
さっきの、すごく……よかったよ」
あぁ、言ってしまった。恥ずかしくなって、有希は、伸にしがみついた。
伸が言った。
「明日の授業に差し支えるかもしれないけど、もう一度、する?」
もう悩むのはやめた。自分が伸を愛しているのと同じくらい、伸も自分を愛してくれている。
自分が、伸が行彦を思うことに嫉妬したように、伸も生野に嫉妬して、あんなに激しく……。




