85,納得したい生野の恋の話と始発電車が走る時間
「なんだよ。いきなりエロい話? まぁ、嫌いじゃないけど」
生野の言葉に、有希はむっとする。
「違うよ。さっきから、そんな話ばっかり聞きたがるから」
生野はにやにやする。
「まぁそうかもな。たった今、お前に言われるまで気づかなかったけど、俺ってMなのかもな。
辛くなるってわかっていても、どうしてもお前のことが知りたいんだ。お前が今まで、どんな恋愛をして来たのかとか、どんなやつがタイプなのかとか。
聞いても、なんの得にもならないのにな」
有希はうつむく。
「話したくない。生野が辛くなることなんか」
すると生野が、真顔になって言った。
「いいから話してくれよ。俺は納得したいんだよ」
有希は、はっとする。それは、伸と付き合うようになる前に、自分が何度も、伸に言ったことと同じだ。
付き合えないのならば、納得できる理由を聞かせてほしいと。生野も、同じ気持ちなのだろうか。
「じゃあ言うけど。僕の初恋は、伸くんだよ」
生野が絶句する。だから話したくなかったのに。
しばしの沈黙の後、生野が言った。
「お前って、積極的なのかと思えば、意外と奥手なんだな」
有希は、仏頂面をして答える。
「そうかもね。伸くんに出会うまで、自分が男性を好きになるとは思いもしなかった」
「そうなのか? 男に興味がなかったのか?」
「うん」
「じゃあ、女には?」
「あんまりなかった」
「へぇ。……お前って、やっぱり変わってるな」
有希は思う。そんなことは、人それぞれだと思うのだが。
「じゃあ聞くけど、生野の初恋はどうなのさ」
「俺?」
言いながら、またにやにやし始める。
「俺の初恋は、近所のお兄さんだよ。俺が小学生のとき、中学生だった。色白で細身で、それ以来、そういうタイプばっかり好きになるんだよな」
「その人と付き合ったの?」
「まさか。まだ小学生だぜ。その気持ちが恋だったって気づいたのは、ずっと後になってからだよ」
「ふぅん。じゃあ、初めて付き合ったのは?」
生野が、口をへの字にする。
「お前、自分は話したがらないくせに、人のことになると急に突っ込んで来るな」
今度は、有希が笑って見せる。
「人の話が聞きたいなら、まずは自分から話さないと」
「ちぇっ。屁理屈こねやがって」
そう言いながらも、生野は、うれしそうに話し始める。
「初めて付き合ったのは、中三のとき。知り合ったのはネットだけどな。会ってみたら、お互いに気に入って……」
当時のことを思い出したのか、あらぬ方向を見て、だらしない顔をしたまま言葉が途切れる。
その顔をじっと見ていると、視線に気づいて我に返ったのか、生野は取り繕うように言った。
「まぁ俺たちみたいなのは、なかなか自然に出会うのは難しいからな」
「ふぅん」
そういうものなのか。
「その人とは別れちゃったの?」
「別れたっていうか、自然消滅だな。同い年だったんだけど、相手は公立の中学に通っていて、受験で忙しくて。
こっちはエスカレーター式でのんびりしてるし、なんかリズムが合わなくなって、なんとなくな」
「ふぅん……」
生野が、不満そうな声を上げる。
「なんだよ。人に話させておいて、『ふぅん』しか言わないな」
「だって……」
自分にはそういう経験がないから、よくわからないのだ。
「その点、お前はいいよな。初恋で、ドラマチックな出会いをした人と恋人同士になるなんて」
「それは、まぁ……」
「それでお前は、伸くんにぞっこんで、伸くんの思い出の人に嫉妬して、めそめそしてるってわけか」
「そんな言い方……」
始発電車が走る時間になり、二人は、支払いを済ませて店を出た。生野が言う。
「お前んち、どっち?」
「あっち」
有希は、自分の家の方向を指す。
「歩いて帰るのか?」
「うん。もう明るいしね」
「そうか」
生野が、大きく息を吐く。
「じゃあ、ここでお別れだな」
不意に、熱いものが込み上げる。生野が、そんな有希の顔を見て、寂しげに微笑んだ。




