81,少年の絵と街灯の下のベンチと「幸せな話」
生野が脇によけたので、有希は、正面に立って絵を見つめる。それは、白い壁の前で椅子に座り、こちらを見つめている少年の絵だ。
「俺が一番好きな絵。初めてネットで見たのもこれなんだ。ちょっとお前に似てないか?」
「えっ?」
思わず横を見ると、生野は、じっと絵の少年を見つめている。
「クラス替えがあって、お前を見たとき、誰かに似てるなって思ったんだよ。いつも目で追っているうちに、お前のこと、なんか面白いやつだなって思うようになって、しばらくしてから、この絵に似てるんだって気づいたときには、もう、好きになってた」
正直なところ、有希には、自分と絵の少年が似ているのかどうか、よくわからない。だが、生野にとっては、二人はよく似ていて、惹きつけられるものがあるということなのだろうか。
生野が、有希を見て微笑んだ。
「お前と一緒に見に来られてよかった」
すべての絵を見終わった後、生野は、香堂黎の絵の絵葉書を何枚か買い、美術館の外に出た。駅に向かって歩きながら、生野が言った。
「これ、俺からのプレゼント」
「え?」
「俺は画集を持ってるから。いらなかったら、後で捨ててくれ」
「捨てないよ! 捨てるわけないだろ」
「そうか? ならいいけど。はい」
生野が、絵葉書が入った袋を差し出したので、有希は、反射的に受け取った。
「ありがとう。大切にするよ」
「あぁ」
有希が絵葉書をしまうのを待って、生野が言った。
「駅の向こうに、雰囲気のいいカフェがあるんだ。そこで食事にしようぜ。
それからその後、川沿いの遊歩道を散歩しよう」
有希は茶化す。
「やけにロマンチックだね」
生野が、ぽつりと言った。
「最初で最後のデートだからな」
食事が終わり、ぶらぶらと遊歩道を歩く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯の下のベンチに、生野が腰を下ろしたので、有希も隣に座る。
生野が言った。
「今日はありがとう。すごく楽しかった」
「こちらこそ、ありがとう。僕も楽しかったよ」
「あぁ……」
生野はうつむき、黙り込んでしまった。有希も、なんだか切なくなって、言葉が出ない。
「あー、駄目だ駄目だ」
しばらくして、生野が、伸びをしながら言った。
「こんなの俺らしくないよな」
「そんなことないよ」
つぶやいた有希に、生野が、体ごと向き直って言った。
「なぁ、彼氏のこと聞かせてくれよ」
「え?」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……」
口ごもる有希に、生野は畳みかける。
「けど、何?」
「生野って、変わってるよね」
「お前に言われたくないけど、何が?」
「だって、生野は、えぇと、僕のことを……。そういう相手の恋人の話なんて、普通、聞きたい?」
生野は即答する。
「俺は聞きたい」
「どうして?」
「それは……お前が幸せな話が聞きたいからだよ。お前が彼氏とラブラブで幸せなら、俺も諦めがつくっていうか……」
そこまで言って生野は、にっと笑って見せる。
「なんて、本当はただ、興味があるんだよ。お前が彼氏とどんな話をしたり、どんなふうに過ごしてるのかなって」
「そんな……」
さらに生野は言う。
「なぁ。どんなふうに付き合い始めたの?」
「それは……」
有希は、記憶を失った後のことから話し始める。
「最初、伸くんは、僕とは付き合えないって言った。でも僕は、どうしても諦められなくて……」
当時のことを思い出し、胸が苦しくなる。生野が、混ぜっ返すように言う。
「お前、見かけによらず積極的なんだな」
「見かけによらずって、どういう意味?」
生野は、ちょっとうつむく。
「お前って、けっこうかわいいじゃん。だから彼氏のほうからグイグイ来たのかと思ったら違ったんだな、っていう意味」
そこらへんについては、とても微妙な問題で、うまく説明することは出来ない。だが、伸の気持ちはともかく、有希は過去の出来事を忘れてもなお、改めて伸に恋をしたのだ。




