76,さらりと言われたことと胸が痛むことと涙を止めなくてはと思うこと
「これでも俺、落ち込んでるんだぜ」
思わず横を見ると、少しうつむいた生野は笑っていない。眼鏡の奥の目は、意外にまつ毛が長い。
「もうバレてるかもしれないけど、俺、お前のことが好きなんだよ」
「え……」
不意に生野がこちらを見て、目が合った。彼らしくない弱々しい笑顔で言う。
「なんて言われても困るよな。彼氏がいるんだし。いろいろ無神経なことして、悪かったな」
「そんなことは……」
迷惑だと思ったことは確かだが、思う人に思われない寂しさは、有希も十分に知っている。
生野は、目を伏せて話す。
「前にも言ったけど、お前の、群れない自由な感じが、なんかいいなって思って。あと、見た目もけっこう、いや、思いっきりタイプだし。
俺、ゲイなんだよ。多分、生まれつき」
さらりと言ってから、くすっと笑う。
「お前がどっちなのか、イマイチ判断がつかなかったけど、カマかけたら、すぐにそうだってわかって。お前って素直だよな。
でも、同時に彼氏がいるってこともわかって、ちょっとがっかりしたけどな」
なんと答えればいいかわからない。有希は、一口かじっただけのハンバーガーを膝に置く。
「お前の彼氏が、どんなやつなのか気になって、どうしても見てみたくなって。馬鹿なことをしてると思いながら、たいしたやつじゃなかったら、俺にも勝ち目はあるかも、なんて思って。
でも、実際に見てみたら、なんていうか、きちんとした大人で、堅実そうで、俺なんか全然駄目だって思い知らされたよ」
生野の言葉に、胸が痛くなる。有希も、伸に気持ちを受け入れてもらえるまでにはいろいろなことがあったし、愛し合っている今でも、「彼」の存在はぬぐい去れない。
いくら望んでも、どうにもならないことがあるのだ。
生野が顔を上げて、じっと有希の顔を見つめた。そして、切なげな表情で言う。
「なんでお前が、そんな泣きそうな顔してるんだよ」
「だって……」
とても他人事だとは思えないから、などとは言えないが。
何も言えずにいると、生野が、いつものにやにや笑いに戻って言った。
「まぁ、そんな感じだけど、今言ったことは忘れてくれ。って言っても忘れるのは無理だろうけど、気にしないでくれ。
なんか急に感情が高ぶって、カミングアウトしちまった。でも、ただ俺が言いたかっただけだけで、お前にどうこうしてもらいたいってわけじゃないから」
こういうときに、気の利いたことが言えない自分が、本当に嫌だと思う。いろいろな思いが複雑に絡まり合い、涙がこみ上げ、そういう自分が、ますます嫌だ。
あわてて顔を背けると、生野が言った。
「それって、どういう涙? 俺のために泣いてくれてるとか?」
有希は、目元を拭いながら言う。
「……両方」
「両方って?」
「生野の気持ちと、僕の気持ち」
「お前も辛いの?」
そう聞くと言うことは、やっぱり生野も辛いのだ。
鼻をすすりながら、再び涙を拭っていると、生野が言った。
「俺のせいだな。ごめん」
「違うよ!」
有希はあわてて言う。
「そうじゃない。生野の気持ち、すごくよくわかるから。でも……」
「えっ、もしかして彼氏とうまくいってないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
やっぱり、うまく説明出来ないし、生野に言えることでもない。どっちにしても、自分が泣くのはおかしい。
とにかく、涙を止めなくては。そう思い、有希は深呼吸をする。
生野が言った。
「彼氏が作ったハンバーガー、せっかくだから食べろよ」
あまり食欲はなかったが、言われるまま再び食べ始めた。生野も、フライドポテトを食べ始める。
生野が言う。
「彼氏と付き合い始めてどれくらい?」
「半年か、もうちょっとかな」
「へぇ。付き合い始めたきっかけは?」
有希は、口にポテトを放り込む生野をまじまじと見る。
「何?」
「そういうの、聞きたい?」
そんな話を聞いて、辛くないのだろうか。




